昭和と言わず、太古から昇り続けている月。遠くで犬の遠吠えが聞こえる秋の夕方。ふと自分を振り返る。

縁側でススキを飾り、三宝にお団子を盛り、まあるい月を家族で愛でる。私にはそうした記憶がない。思わず口ずさむ「月の砂漠」。作詞された加藤まさをさんは静岡生まれの画家です。本の挿絵などで活躍された方ですが、多才な方で、少女小説も書かれており、この「月の砂漠」も大正12年に『少女倶楽部』の三月号に発表されました。
月の砂漠をはるばると
旅の駱駝がゆきました
金と銀との鞍置いて
二つならんでゆきました
金の鞍には銀の甕
銀の鞍には金の甕
二つの甕は それぞれに
紐で結んでありました
さきの鞍には王子様
あとの鞍にはお姫様
乗った二人は おそろいの
白い上着を着てました
曠い砂漠をひとすじに
二人はどこへゆくのでしょう
朧にけぶる月の夜を
対の駱駝はとぼとぼと
砂丘を越えて行きました
黙って越えて行きました
縁側でススキを飾り、三宝にお団子を盛り、まあるい月を家族で愛でる。私にはそうした記憶がない。思わず口ずさむ「月の砂漠」。作詞された加藤まさをさんは静岡生まれの画家です。本の挿絵などで活躍された方ですが、多才な方で、少女小説も書かれており、この「月の砂漠」も大正12年に『少女倶楽部』の三月号に発表されました。
月の砂漠をはるばると
旅の駱駝がゆきました
金と銀との鞍置いて
二つならんでゆきました
金の鞍には銀の甕
銀の鞍には金の甕
二つの甕は それぞれに
紐で結んでありました
さきの鞍には王子様
あとの鞍にはお姫様
乗った二人は おそろいの
白い上着を着てました
曠い砂漠をひとすじに
二人はどこへゆくのでしょう
朧にけぶる月の夜を
対の駱駝はとぼとぼと
砂丘を越えて行きました
黙って越えて行きました
昭和らしいデザイン。中山太陽堂のクラブ号です。実はこれ、ポストカードです。昭和30年代でしょうか。緑のフレームがきれいな自転車です。

クラブ号は現(株)クラブコスメチックス、当時の(株)中山太陽堂の金属部が製造した自転車でした。中山太陽堂は大阪市浪速区の会社で、もともとは化粧品メーカー。明治36年に創業。現在もクラブコスメのホームページがあります。

クラブ号は現(株)クラブコスメチックス、当時の(株)中山太陽堂の金属部が製造した自転車でした。中山太陽堂は大阪市浪速区の会社で、もともとは化粧品メーカー。明治36年に創業。現在もクラブコスメのホームページがあります。
昭和のデザインとは違っているが、あの頃、西日本で海苔と言えば浦島海苔だった。平成に入って次第に他のメーカーに押されるようになるが、最近蘇った浦島海苔。ホームページも丁寧に作られています。

浦島海苔株式会社の創業は大正3年。おかずがなければ海苔で食べる、とはいかなかった昭和。まだ貧しかった私たちには、海苔はごちそうだった。おかずがないときは、塩か醤油をかけて、ごはんを食べていた。海苔で巻いたおにぎりも高級に見えた。だから、お正月に母親が作る太巻き寿司などは、やはり年に一度食べるにふさわしいものだったと言える。
浦島海苔株式会社の創業は大正3年。おかずがなければ海苔で食べる、とはいかなかった昭和。まだ貧しかった私たちには、海苔はごちそうだった。おかずがないときは、塩か醤油をかけて、ごはんを食べていた。海苔で巻いたおにぎりも高級に見えた。だから、お正月に母親が作る太巻き寿司などは、やはり年に一度食べるにふさわしいものだったと言える。




