2008年5月アーカイブ

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昭和30年代には木とブリキでできていた冷蔵庫。氷屋さんがやってきて上の段に氷を入れていってくれた。あの氷屋さんは毎日来ていたのだろうか?記憶が定かでない。そして下の段に入っていたものとしてはスイカしか覚えていない。

左のものは業務用でしょう。立派です。暖かいデザインです。Yahoo Auctionで出品されています。








時を経て,電気冷蔵庫ができてから,氷を入れる冷蔵庫は物入れとして使われ,やがて捨てられていった。「三丁目の夕日」でもピエール滝演じる氷屋さんが,捨てられた冷蔵庫を哀しそうに眺めるシーンがあった。

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三菱の冷蔵庫。左下にペダルが付いていて,手がふさがっているときでも足で開けられるようにできています。三菱のロゴデザインがレトロ。

私はキリンのレトロなデザインが好きです。麒麟をデザインしたロゴに片仮名の「キ」「リ」「ン」が隠されているのは有名。麒麟は中国の伝説上の動物。

キリンビールがビールのシェア第一位になったのは昭和29年。あの頃,丸いちゃぶ台で家族で食事をするとき,父親だけに特別に用意されていたものが刺し身とキリンビールだった。私達が南瓜の煮物を食べているときに,父親はビールを飲み,私達が食事を済ませる頃になってようやくご飯を食べようかという雰囲気になる。  

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六月の第三日曜日は「父の日」らしい。母の日に贈る花はカーネーションだが,父の日は白や黄色のバラらしい。昭和の時代,そんな日があるということは知らなかったが ,父親にもキリンビールにも,威厳があった。

      
昭和でなければ決してできないレトロなデザインです。

肝油ドロップ。ドロップだったのかな。もっとプチュプチュしたものだったという思い出がある。ビタミンやカルシウムが入っているサメやクジラの肝臓から抽出した油。夏休みの前日,通信簿をもらった後で肝油の缶が配られた。あれは親が買っていたものだろうか,それとも全員に支給されていたのだろうか。覚えている缶のデザインは河合のもの。

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SONYのICF-9740。昭和56年発売だから,まだ新しい。落ち着いたデザインで,ずっとロングランで生産され続けていたが,いつの間にか生産終了になっている。最近はもっぱらICF-M260を聞いているので箱に片づけたままだ。久しぶりに出してその音を聞いてみると,16cmのスピーカーからは相変わらず暖かい音が出てくる。ラジオっていいです。

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Yahoo Auctionでレトロで素敵なデザインの「東芝真空管ラジオ」が出ていました。
何かを思い出してしまうデザインです。

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ラムネの瓶はレトロで微妙なデザインをしています。

ラムネはビー玉で内側から栓をしてある。飲むには駄菓子屋の冷蔵庫の端に紐でつるしてある「ラムネ開け」を使わなければならなかった。「ラムネ開け」はビー玉が傷つかないようにとの配慮からか,木でできていた。そして,その「ラムネ開け」でラムネの栓を落とすのは勇気が必要だった昭和30年代。特に友達と一緒の時には緊張した。一発で開けないとバカにされるからだ。

もともとラムネにはビー玉なんてなかった。ちょうどシャンパンのようにコルクと針金で栓をしてあったようだ。ビー玉の栓を発明したのはイギリス人。それを受け継いだのは大阪人の徳永玉吉だと記憶している。「玉吉」さんですよ。でき過ぎた話は鵜呑みにしてはいけません。しかし,否定する根拠も持ち合わせていません。嘘のような本当の話なのでしょうかね。



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ラムネ,ミカン水,サイダー・・。ペリーが黒船に乗って日本にやって来るまではいずれも存在しなかったことだけは確かなようだけれど,その後の歴史には諸説ある。「ラムネ」がレモネードを語源としているという話は有名。

昭和の時代には「ミカン水」が一番安かった。たしか5円で飲めたと思う。
甘いものに飢えていた昭和。


昭和40年代のトースターはうちにある。ゼネラルかどこかのトースターで,このデザインのものは市場にもかなり存在していると思います。まさしく昭和レトロなデザインです。食パンを2枚一度に焼く普通のトースターです。

それにしても,初めて家でトーストを食べたのはいつのことだろう。
どうしようもなく思い出せない。

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高校の頃になると,よくモーニングサービスを喫茶店に食べにいった。トーストとゆで卵とコーヒー。それでよかった。学校に行く途中の喫茶店でモーニングを食べ,ハイライトを胸の奥深くまで吸い込み,一時間目はさぼり,気が向けば2時間目から学校に行った。時間がゆっくり流れていたあの頃。昭和。

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子どもの頃はよく熱を出した。熱も8度を越えると学校を休み,布団の中でぼーっとして一日を過ごした。退屈だったことだけを覚えている。

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その音はだいたい午後3時頃に聞こえてくる。火照った額に水で絞ったタオルを乗せて天井の木目や節が造る絵模様を眺めていると,遠くから聞き覚えのあるエンジンの音が近づいてくる。次第に大きくなっていくその音は家の前で止まる。森岡医院の先生がやってきたのである。先生は私の脈を取り,体温計を確認し,黒い鞄から銀色に輝くケースをとり出す。その中にはあの注射器が入っていることを私は知っている。ガラスの注射器に針を付け,アンプルの先を折り,注射器の中に吸い込んだ透明の液体を針先からピュッと押し出す。

そういえば「三丁目の夕日」の宅間先生はラビットに乗っていました。昭和21年から43年まで富士重工業が生産したスクーターです。下のラビットは宅間先生のラビットではないですが,レトロで素晴らしいデザインです。

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HONDAスーパーカブ。昭和の名車。燃費がいいです。デザインがほとんど変わりません。そして燃費がいい。さらに,とにかく壊れません。

HONDAのカブの歴史は昭和22年の「ホンダA型」に始まりますが,私が「カブ」と呼ぶのはやはり昭和33年に登場した「スーパーカブC100」からになってしまう。そのカブシリーズも生産累計6000万台を突破したという。すごい数字です。

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バイクのことを全く知らない女の子が50ccのカブに乗っていて,ある日タイヤの空気を入れるためにバイク屋さんに寄ったところ,エンジン音の異常に気付いたバイク屋のオヤジさんがエンジンオイルのドレンボルトを外したけれど,一滴もオイルが出てこなかったという話もあるくらいです。話半分としても驚きます。

     日本全国アポなし味探訪

色々と書いているとスーパーカブが欲しくなってきます。
中古も出回っています。

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★スーパーカブ50cc中古

昭和38年に発売されている。レトロで懐かしいデザイン。「鍵っ子」のような生活をしていたから,インスタントラーメンについては詳しいと思っていたけれど,このイトメン株式会社の「チャンポンめん」は食べたことがなかった。徳島製粉のナミキンツルラーメン同様,関西限定の商品。

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エビとしいたけの香りのするスープがどこか懐かしい。いい意味でチープな味の良品だと思います。なんか癖になりそう・・・。



写真は昭和13年の桐一銭青銅貨。桐のデザインとしては最後の年。昭和30年代に入っても、一銭銅貨をよく見かけた。十円玉よりわずかに小さな銅貨。十円玉と間違えて使ったことがあるし、受け取るほうも間違えて受け取ったことがあるに違いない。幼い頃、十円玉がひとつあればその日の小遣いには不自由しなかった。駄菓子屋で色々なお菓子が買えた。十円玉は頼もしかったのだ。

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この後,軍事物資転用のため桐一銭青銅貨は姿を消し,カラス一銭黄銅貨が発行されるが,昭和13年のみの発行で終わっている。カラス一銭黄銅貨は裏に八咫烏(やたがらす)が描かれているが,これは現在の日本サッカー協会のシンボルマークとなっている。
マーブルチョコレート。パッケージは当時のものの方が昭和レトロでいいデザインだと思ってしまう。マーブルチョコといえば「鉄腕アトム」。テレビアニメ鉄腕アトムのスポンサーは明治製菓だったし、マーブルチョコレートにはアトムのシールが入っていた。マーブルチョコレートの発売は昭和36年。

当時の子どもは中のチョコを食べ終えてもこのパッケージで遊んだ。蓋の部分を引き抜くときに「ポンッ」といい音がするのである。

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空を越えてラララ星の彼方・・・
思い出すのは簡単だ。


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昭和30年代私の家に風呂はなかった。だから、近所の銭湯に通っていたわけだが、やがてうちの庭に風呂場がつくられた。当然五右衛門風呂である。五右衛門風呂を図解したページがあります。

Wikipediaによると

五右衛門風呂(ごえもんぶろ)は、日本の風呂の種類の一つで、鋳鉄製の風呂釜に直火で暖めた湯に入浴する形式。風呂釜は高温になっており、直接触れると火傷するため、木製の底板の踏み板や下駄を湯桶に沈めて湯浴みする。厳密には、全部鉄でできているものは「長州風呂」と呼び、五右衛門風呂はふちが木桶で底のみ鉄のものを指す。厚い鋳鉄製のため、比較的高い保温力が期待できる。

とあるので、うちの風呂は「長州風呂」だったということになる。

しかし、五右衛門風呂ができたからといって銭湯に行くのを辞めたわけではなかった。家族全員が風呂に入りたいと言う日しか風呂を沸かさなかったからだ。

薬缶で湯を沸かし、洗面器に入れ、水で薄め、酒屋からもらった宣伝入りのタオルを湯に浸けて固く絞り身体を拭いて寝所に入る、そんなことは日常だった昭和30年代。

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ちなみに
五右衛門風呂、まだ売っています。
kerorin.jpgのサムネール画像
今でも富山の置き薬は健在だし、ケロリンはヒットを続けている。それにしてもケロリンのレトロなデザインは強烈です。

昭和30年代。年に一度だったか、半年に一度だったか、大きな行李を風呂敷きで包み、それを背負って我が家を訪ねてくる男がいた。母が水屋箪笥の中から四角い箱を持って玄関に出ると、その中身を手際よく数えて、行李からとり出した薬を詰めていく。私はその指先の素早さにいつも驚いたが、目の端には行李の中の紙風船をしっかりととどめていた。

部屋の中でつく紙風船。電傘を揺らして埃を落とし、いつも叱られた。

ケロリンの類似商品を集めたページがあります。

CB550four-k。昭和52年製。レトロな昭和のデザインがたまりません。

私が学生だった頃、オートバイに乗るためにヘルメットなどは必要なかった。それが、急に義務づけられたのは昭和47年。罰則はなかったから、誰もかぶらなかった。しかし、昭和50年に罰則がつくようになった。ヘルメットを被るのが面倒だし格好悪いと思って、当時、原付免許しか持っていなかった私に直接被害?はなかったが、昭和61年になって原付もヘルメット着用が義務化された。こうなるとなにに乗るにもヘルメットが必要だということ。それなら原付に乗っている理由はない。

それでも踏ん切りがつかないまま原付に乗っていた私が自動二輪の免許を取得したのは47歳の頃。十代の男女に交じって教習所に通った。そして翌年大型自動二輪も取った。買ったバイクがこのCB550four-k。

実際に乗ってみて、バイクはスポーツだと思います。寒い日にフルフェイスを被って、自分の呼吸を聞きながら走り続けるのが好きです。

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HONDA   CB550F-K 主要データ

全長 2160mm
全幅 830mm
全高 1115mm
軸距 1405mm
乾燥重量 212kg
エンジン OHC4気筒
総排気量 544cc
最高出力 50ps/8500rpm
最大トルク 4.4kg/7500rpm
タンク 16L
冷却方式 空冷
変速機 5段リターン

グラスに入れて飲み物を飲むなんていうことはあまり思い出せない。公園の水道から水をがぶ飲みし、風呂屋の扇風機の前でミカン水を飲み干した昭和。グラスに入れた思い出は「渡辺のジュースの素」くらいだ。

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今は全国で地サイダーというものが販売されています。レトロなデザインのものが多いですね。

下の写真をじっと見ていると、身体のどこかから青い思い出がサイダーの無数の泡のように湧き上がっては消えていきます。愉しかったことより辛かったことのほうをたくさん思い出してしまいますが、見えるはずはなく聞こえるはずもない、サイダーの表面で弾ける泡の小さな音が、私を幸せにしてくれます。愛しいデザインです。綺麗な写真です。

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サイダーといえば「大滝詠一」を思い出してしまいます。昭和40年代後半、三ツ矢サイダーのCMは大滝詠一の独壇場でした。

"なんだかうまくいきすぎる。
        今日は夢で見たようなキラキラこぼれるサイダー♫"

Niagara CM Stars
涙のCMソング集
 ナイアガラのリマスターシリーズもついにここまで来たかと言う感じです。 今回もなかなか凝っていて、モノ、ステレオの他、レアリティーズ、デモと盛りだくさんです。往時を知っている人には、涙なしでは聴けな...
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レトロとは思わないけれど懐かしいデザインの森永チョコボール。

昭和42年、森永のチョコボールは発売されました。当時の値段は30円というから、こどもにすれば少し高い。しかし、このお菓子、金のくちばしは1枚で、銀のくちばしは5枚で、「おもちゃのかんづめ」がもらえた。私はそのかんづめをもらった記憶があるのだけれど中身がどうしても思い出せない。この度、復刻版?を買ってきました。でも、妙な違和感がありました。どうもくちばしのある位置が昔とは違います。昔は写真に付け加えた赤で囲んだ部分のように、出てきました。買ってきたものはパッケージの上部から出てきます。

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出てきたのは黄色のくちばし・・。ハズレです。
ある喫茶店で、信じられないくらいの大きさのスピーカーからJAZZが流れていました。驚きました。その音のスケールに。そのデザインに。平成の今見ると,どこかレトロでさえあります。このパラゴンの発売が昭和33年というから驚きです。このページを見てください。いかに大きいスピーカーだったかが分かります。

昭和48年頃だったと思います。私が初めてJBLのパラゴン(DD44000)の音を聞いたのは。

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その後、私の拙いオーディオ遍歴が始まるのですが、とても何百万円もするスピーカーは買えません。ですから、オーディオ専門店に行って、スピーカーの聞き比べをしました。そして、いくつものJAZZ喫茶で音に耳を傾けました。そんななかで私が未だに一番すごいスピーカーだと思っているのがJBLのエベレスト(DD55000)です。音なんて言うものは言葉で表現できるものではないですが、「スピーカーから出る空気のスピードと透明さ」を感じるのです。それまでに聞いたJBLの音とは違うものです。機会があれば是非一度聞いてみてください。損はしません。

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昭和36年のステレオの広告です。三菱 DSS-318。レトロなデザインです。この頃の電化製品の広告は現金正価と月賦正価の二つが併記されていることがとても多いです。月賦で買うということが日常であったというか、月賦でないと買えなかったということです。「月賦」という言葉自体が懐かしい響きです。このステレオの価格は公務員初任給の5〜6倍の値段です。

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昭和36年にステレオを見た記憶が私にはありません。昭和40年も少し経ってようやく友人の家にあったステレオを見ました。テレビもそうでしたが、私が初めて見たステレオも厳かに布のカバーをすっぽりかぶせられていました。

Yahoo Auctionで、いい感じのものを見つけました。
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現在の「Tivoli」も好きなデザインです。

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私はミルクガラスが大好きです。そしてこのオロナインのデザインが大好きです。レトロだと思います。ですから、この瓶は私のデスクのペン立てとして使っています。

昭和の家庭には必ずありました。
「姓はオロナイン、名はナンコウ」
「鞍馬天狗」ならぬ「とんま天狗」の大村崑さんのTVCMです。当時は生CMでした。
傷や火傷、何にでも塗っていましたね。

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大塚製薬は昭和28年に、アメリカのオロナイトケミカル社が開発した殺菌消毒剤を軟膏にし、オロナイン軟膏を発売。現在は主成分であるグルコン酸クロルヘキシジンの「ヘキシジン」の頭文字のHをとってオロナインH軟膏となりました。ちなみに「オロナミンC」というのはオロナインとビタミンCから造られた名前です。

大村崑さんは「オロナミンC」のTVCMもしていました。
「うれしいとメガネが落ちるんですよ」と。

あれ?
「オロナミンCは小さな巨人です」と言っていたのも大村崑さんではなかったでしょうか。

あれれれれ?
「僕とお姉ちゃんはオロナミンCとジュース。ママはオロナミンCに卵で割ってオロナミンセーキ。パパはジンで割ってオロナミンジンだ」は誰でしょう。

なんと、大塚製薬のページにオロナミンセーキのレシピがありました・・。



こうして正面から見てみると,何気なく昭和レトロなデザインです。昭和50年代のコンパクトカメラですからまだ新しい部類ですかね。35mmカメラというものはレンズと腕さえしっかりしていればいい味を出してくれるものだと思います。「モータードライブ」とありますが、連続撮影でなく、自動巻き上げのことです。

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このカメラで撮影した写真が見られます。
この方非常に雰囲気のある写真をお撮りになります。


レトロとかデザインとかどうのこうのと言う前に妙な存在感が漂っています。昭和50年のシャープの電卓です。SHARP CS-2122DAC。ソーラーが常識の今では信じられないですが、電源と電池、どちらでも使用可能です。文字自体が光っているので少しばかり暗いところでも大丈夫です。

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ミッドセンチュリー感覚??
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★マーキュリーカリキュレーター
(マーキュリーカリキュレーターの青色はどこも売り切れ続出です)
昭和レトロらしい暖かさのデザイン。昭和40年代に資生堂からもらった花瓶。とてもしっかりしたガラスで綺麗な青が出ています。資生堂は「she say do」から名前ができたというのを聞いたことがあります。

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南沙織の春の予感-I've been mellow- は資生堂のCMに使われていたことがありました。今では沖縄出身のミュージシャンはとてもたくさんいますが、沖縄の本土復帰の前年、昭和46年にデビューした彼女の登場はとても衝撃でした。

南沙織
発売日:1986-05-21
価格
曲目 | 1.17才 | 2.潮風のメロディ | 3.ともだち | 4.純潔 | 5.哀愁のページ | 6.早春の港 | 7.傷つく世代 | 8.色づく街 | 9.ひとかけらの純情 | 10.バラのかげり | 11.夜霧の街 | 12.想い出通り | 13.人恋しくて | 14.哀しい妖精 | 15.春の予感-I've been mellow- |
あまなつShopあまなつで見る同じレイアウトで作成
「昭和なんでもコレクション」もあと5日間を残すところとなりました。膨大な数の昭和レトロなコレクションが展示されています。色々なもののデザインを見ているだけで愉しいです。

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「昭和なんでもコレクション」
平成20年5月1日(木)〜平成20年5月14日(水) 会期中無休
高知県立美術館 県民ギャラリー
午前9時〜午後5時(入館受け付けは午後4時30分まで)

(PS.美術館内での一般の方の撮影は禁止されています)
小学校何年生の頃だったろうか。私の家に祖父と祖母が住み始めた。祖母は花林糖が好きで祖父は木彫りが好きだった。いつも人形や船などを彫っていたので右手の親指に大きなタコができていた。木彫りに疲れると、煙管で刻み煙草を美味そうに吸った。古い煙草盆が格好良く見えた。

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刻み煙草は今でも販売されています。
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復刻版のビスコ。レトロなデザインです。

昭和8年に発売されたビスコ。現在のビスコは乳酸菌が5枚につき1億個入っているそうです。昭和8年にも1億個入っていたのかどうかは不明ですが、「ビスコ」という名前は「ビスケット」と「酵母菌」の造語だというのを聞いたことがあります。

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ビスコ保存缶という商品があります。
災害時のために作られたもので、賞味期限は3年間。

昭和のSEIKOで最高級品だった「GRAND SEIKO」今も堂々とラインアップしています。頑固にデザインが似ています。レトロが生きています。その姿勢に拍手。

現在の「GRAND SEIKO」手巻きです!!ヽ(^。^)ノ

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昭和41年の「GRAND SEIKO」が下。

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「Watch-colle」さんで画像をお借りしました。
いつもお世話になります<(_ _)>

昭和30年代、小学校の近くや公園の近くには駄菓子屋があった。だからその日に遊ぶ場所によって、駄菓子を買う店が違っていた。

普段は行かない少し遠くの公園の南側に小さな駄菓子屋があった。駄菓子やめんこなどの数は少なかったが、その店のおばあさんは一斗缶の中に入った水飴を売っていた。いや、あれが水飴だったのかどうかは判然としない。水飴というよりもう少し固かった。その証拠に、冬になるとその飴はなかなか割りばしで巻き取りにくくなり、おばあさんが力を込めると割りばしが折れ、飴の中に突き刺さったままになっていたものだ。

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それでも、おばあさんは一斗缶の中の水飴を割り箸で巻き取って手渡してくれる。おいしかった。ポケットの中の十円玉が普段より多いときには、薄いせんべいにその飴を塗ってもらった。一番高級なのは、水飴を2枚のせんべいで挟んだものだ。あの頃、あの水飴のことを「リョウセン」と呼んでいたが、語源が分かりません。

なんだか飴を舐めたくなった。
レトロな飴玉・・。飴玉にもデザインがある。

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先日BSで舘ひろしの刑事役を久しぶりに見ました。その時、彼が左腕にはめている時計のレトロなデザインを見て「あれ?」と思いました。「思い出に残る腕時計」で少し書いたSEIKO5なのです。一瞬、大昔のテレビの再放送かと思いましたが、出演者の容姿は最近のもののようで、ネットで調べてみると、ありました。

神楽坂署生活安全課4
ご近所トラブル殺人事件 テレビ東京

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自動巻きのSEIKO5はまだ海外で売られているんですね。知りませんでした。デザインも昭和のものに似ています。信じられないくらいに安いです。



だっしふんにゅう。漢字から判断すると生乳から乳脂肪分を取り除いて粉にしたものです。戦後、アメリカの民間団体やユニセフによって日本に提供されていたそうです。敗戦ということが昭和30年〜40年代の子供の生活にまで大きく影を落としていたということです。アメリカでは家畜の餌にも混ぜられていたとかいう話を聞きます。

これが給食に出ました。今のスキムミルクとは全く味が違います。なによりも妙な匂いがしました。この脱脂粉乳をお湯で溶いて大きなバケツに入れて、それを給食係りが柄杓のようなもので全員のアルマイト製のコップに注いで回ります。

給食は残さずに食べることが鉄則でした。残したままでは給食の時間は終わらないのです。みんな鼻をつまんで飲みました。それでも飲めずに泣いているこどももいました。

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上は10年ほど前に私が買ったアルマイトの食器です。いつかこれでカレーを食べてみたいと思いながら未だに使っていません。今でも売っていると思います・・・。

ありました!!
世の中にはすごいものがあるものですね。驚きます。ダットサン初代ブルーバード・・。ワンオーナー。雨の日には乗らなかったという車。世界にこれ一台だけでしょうね。こうなると文化遺産ですよ。室内室外ともにそのデザインには唸ります。レトロです。私はどんなに高価な美術品よりもこの車が欲しい。しかし、この車に愛情を注ぎ続けることのできる方でないと買う資格はないでしょう。残念ながら私にはその自信はないです・・。日産はこの車を買い取らないのでしょうかね。そして公に見せてあげたらいいのにと思います。ダットサン・・思い出に残る名前です。

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★初代ブルーバードP311型
2007年のことでした。私が山本高樹さんのお名前を知ったのは。

BS-iの「超・人~virtuoso ~」という番組でヂオラマ製作の色々を拝見しました。何でもそうですが、制作するということは、制作したものに制作した人の人格というか、生命みたいなものが現れるものですね。山本高樹さんの作品は暖かいです。昭和レトロな時代を見事に再現されています。一つのヂオラマを長い時間見ていたくなります。止まっているヂオラマの中で時間が流れています。素敵です。

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「市電19系統新橋行」

(山本高樹さんのご承諾を得て画像を掲載させていただいています。ヂオラマについてはまた紹介したくなることがあると思いますので、今日は一枚だけにしておきます)



昭和のデザインのものを、気に入ったレトロなデザインのものを、使うのがいいですね。この置き時計,チープな感じのプラスチック製であるところが、かえってデザインに味をつけている感じがして好きです。やはり、生活の中にデザインが存在するということを大事にしたいと思います。

この置き時計は昭和40年代でしょうか。うちの食卓にあります。手巻きです。2日に一度、ねじを巻きます。

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何故でしょう。
イギリスのブランドなのにいつもどこかで懐かしさを感じてしまう「DULTON」
安価だし、いいですねー。 >^o^<

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この広告のデザインは大胆すぎませんか。ある意味すごいです。ある意味レトロです。そして,テンのラジオを買えば、テレビ・カメラ・洗濯機などが当たると書いてある。もし当たれば、まさに「幸運を呼ぶ!!」だろう。

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アサヒグラフの広告(昭和29年)

「神戸工業株式会社」は現在の富士通テン(Fujitsu Ten)の前身。昭和43年に富士通株式会社と合併し、昭和47年にラジオ部門が独立し富士通テン株式会社となった。その後トヨタが資本提供したことで、トヨタ車のカーラジオは富士通テンが制作していた。現在もカーナビやカーオーディオで頑張っている。
高知県立美術館で「昭和なんでもコレクション」という展覧会が開催されています。戦前のものから大量の昭和レトロなコレクションが展示されています。山本豊之氏所蔵のもので、氏は長い間、東京・銀座「ベレー」でバーテンダーとして活躍されていたとのこと。その「ベレー」という名前をつけたのが漫画「フクちゃん」で有名な故横山隆一氏。そして、今、横山隆一氏の故郷高知で展覧会が開催されているというわけです。「ベレー」という名前はやはり「ベレー帽」からきているのでしょうか。

ゴールデンウィークです。お近くでない方も是非どうぞ。ヽ(^。^)ノ

「昭和なんでもコレクション」
平成20年5月1日(木)〜平成20年5月14日(水) 会期中無休
高知県立美術館 県民ギャラリー
午前9時〜午後5時(入館受け付けは午後4時30分まで)

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高知県立美術館
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美術館の庭にはこいのぼり
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(PS.美術館内での一般の方の撮影は禁止されています)

丸石自転車

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丸石のレトロな自転車がYahoo Auctionに出品されているのを発見。デザインにほれぼれします。丸石自転車株式会社(旧)は明治42年創業。色々な変遷がありながらも株式会社丸石サイクルとして生産を続けている。昭和30年〜40年代、庶民に密着した自転車という記憶がある。

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「黒い自転車」では新車を紹介しましたが、こちらは中古のオークションです。


ジウジアーロは多くの国産車のデザインを手がけました。何といっても、昭和43年に発売された、いすゞの「117クーペ」でしょう。そのデザインの美しさは圧巻でした。レトロというだけではすまないデザインです。私も数年間117クーペの中古車に乗っていた時期があります。飽きない車でした。素敵な車でした。XE・・・また乗りたくなってきましたね。

なんと、ワンオーナー車を売っています。(*0*;)☆

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