2008年6月アーカイブ

昭和レトロなデザインです。昭和40年代後半の紙袋です。ナショナルの「パナカラー」が懐かしい。「クイントリックス」はステレオ放送のことですね。昭和の時代には「音声多重」と表現していたかもしれません。坊屋三郎さんが外人とやりとりしていたCMが流行りました。

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カラーテレビの本放送は昭和35年に始まりましたが,まだまだ庶民の家にはカラーテレビなどなかった。カラーテレビの普及は,やはり昭和40年代に入ってからのことでした。あの頃,各メーカーはテレビに漢字の名前を付け,カラーに片仮名の名前を付けました。ナショナルの「嵯峨」は「パナカラー」,三菱の「高雄」は「ネオカラー」,サンヨーの「薔薇」は「サンカラー」,東芝の「名門」は「ユニカラー」そして日立の・・・日立のテレビに名前がついていたのを思い出せません。カラーは「キドカラー」,あの九官鳥みたいな「ポンパ」くんを思い出さずにはいられません。

昭和の匂いの残る町を歩いていると,懐かしいデザインに出会います。なかにはレトロなものやポップなものもあります。ワンカップ大関の自販機も未だにかなりの数が働いています。

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昭和42年に設置が始まった自販機です。お酒が自販機で,それも一合だけ買える。すごいなぁと思いましたね。この後,ほかの清酒メーカーも同様の商品を開発しましたが,このワンカップ大関の規格が標準になっています。このことでも大関酒造の功績は大きいと思います。昭和の時代は汽車に乗ってもワンカップを飲んでいる大人をよく見かけました。ちなみに,「ワンカップ」は大関酒造の登録商標です。

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不思議です。先日,三菱ミシンのことを書いたら,植田正治先生の奥さんが使っていた三菱ミシンの記事に行き当たりました。そして,昨日ギブソンのJ-45を紹介する記事をアップしたあとで,予約録画していた坂崎幸之助さんの番組を見ていると,ギタリストの石川鷹彦さんがこのJ-45について触れられていました。吉田拓郎さんのあの「元気です」というアルバムの「りんご」という曲で,イントロから私達を驚かせたあのギターがJ-45だったということを話されていて,まさしく驚きました。この事実は初めて知りました。

最近こうして「縁」を感じてしまう出来事が私の周りでほかにも色々と起こります。これは自分が,とにもかくにも,歩いていることの証だと感じます。

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ギターのデザインは昭和から大きく変わることもありませんが,今見てもあの頃を思い出すギブソンのギターのフォルムです。J-45です。

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★Gibson J-45 さいとう楽器

小学生の頃からでしょうか。件の7歳年上の兄の影響でギターを弾き始めました。誰かに買ってもらったのか,兄のお下がりなのか,ガットギターでフォークソングを弾いていました。誰にも教えてもらったことはありません。ただただ,仕事から帰ってきてギターを弾く兄の指先をじっと見て覚えておき,昼間に学校から帰ると独りで真似をしてみました。コードが分からなくなると兄の音楽本を盗み読みました。そんなふうにして,少しずつギターが弾けるようになりました。

そんなある日,兄が新しいギターを買ってきました。ギブソンのアコースティックギターでした。そのギターの深くて甘い音には驚きました。私の古びたガットギターとは別世界の音でした。しかし,なぜか,兄のいない昼間にそのギターを弾いてみることはなかったです。なぜでしょうね。相変わらず私は古いガットギターの弦を斜めからのぞき込みながら,コードを間違えないように左手の指をいっぱいに開き,"遠い世界に旅に出ようか,それとも赤い風船に乗って・・・"と弾き語っていました。
昭和レトロを感じさせる写真ではあります。衣装のデザインなども昭和らしいですね。この写真,「倍賞千恵子とファイブダンサーズ」の昭和38年の写真です。と言ってもファイブダンサーズについて私は詳しくは知りません。ただただ,倍賞千恵子さんの若き日の写真に驚いたのです。

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倍賞千恵子さんは昭和32年に松竹音楽舞踏学校に入学し,首席で卒業。松竹歌劇団(SKD)に入団。その後,松竹映画に出演することになる。「下町の太陽」(昭和38年)は彼女の代名詞と言ってもいいのではないでしょうか。しかし昭和30年代生まれの私には「男はつらいよ」での「さくら」としての彼女が印象に強く残っているのは仕方ないところです。

「さよならはダンスの後に」(昭和40年)で,優しい歌声も聞かせてくれました。

何も言わないでちょうだい
黙ってただ踊りましょ
だって,さよならは辛い
ダンスの後にしてね

未だに歌詞を少し覚えています。

「下町の太陽」も素晴らしくいい歌です。名曲だと思います。
   作詞 横井 弘  作曲 江口浩二



「おはなはんの歌」(昭和41年)も倍賞さんです。毎朝この曲を背中で聴きながら,学校に出かけていたことをよく覚えています。「おはなはん」の樫山文枝さんは可愛かったですね。ちょうど漫画の「はいからさんが通る」のような着物と髪でした。おはなはんの夫役が高橋幸治さん。長男役は津川雅彦さんです。蜷川幸雄さんが役者として出演されていました。


昭和からデザインが変わらない路面電車。少しだけレトロな路面電車。

幼稚園の頃,私は一人でこの電車に乗ったことがある。紺色のブレザーに半ズボンを履き,白いあごひもの付いた丸い帽子を被り,座席に膝をついて,窓の外の景色ばかり見ていた。次々に変わる町の風景。電車のモーター音。停留所を告げる車掌さんの聞きなれない声。切符を切る鈍色の金属音。何もかもが愉しかった。やがて,かまどから立ち昇る煙突の煙が紅色に染まり,明かりの灯る家がぽつぽつと増えていく。人々の生活を映しながら車窓の景色は流れ,宵闇が町を覆っていった。

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気がつくと,電車は終着所に着いていた。私は自分がどこまで来てしまったのか全く分からなかった。迷子となり,電車会社の待ち合いに連れて行かれた私は,裸電球の下の長椅子で呆然としていた。

とっぷりと日暮れたあの日の私は,まだジョバンニのこともカンパネルラのことも知らなかった。

昭和のリトルナースがレトロなデザインです。メンソレータムのロゴの入った缶の蓋を撮影しました。リトルナースのモデルがシャーリーテンプルだということは有名です。このデザイン大好きです。

シャーリーテンプルはハリウッドの有名子役で,ほかにも日本でキャラクターとして使われています。昭和9年に発売された,不二家のフランスキャラメルがそれです。

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リトルナースをデザインしたのは神戸の商業デザイナー,今竹七郎さん。今竹さんは輪ゴムのオーバンドのパッケージ、関西電力の社章,そして南海ホークスの鷹のマークなどをデザインされています。

(08/07/18 コメントをいただいた方のおかげで,リトルナースのモデルがシャーリーテンプルではないことが判明しました。)
昭和39年に発売されたラッションペン。懐かしいデザインです。レトロなラッションペンは今でも現役です。

水性顔料インクのラッションペンは,昭和40年代の家庭には必ずといっていいほどありました。寺西化学工業株式会社の製品です。もともと,マジックもこの会社の開発です。「マジックインキ」が発売されたのが昭和28年。内田洋行との共同開発です。発売当初は全く売れなかったそうです。それが今も存在するロングセラーとなったのですからすごいものです。
*「マジック」、「マジックインキ」は、株式会社 内田洋行の登録商標です。

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子どもの頃はなぜあんなに落書きばかりしたのでしょうか。家の襖や柱に鉛筆で書き,他人の家のブロック塀にろう石まがいの石で書き,地面には釘で書きました。それだけで愉しかったのは何故でしょう。落書きをしている私の時間は永遠に続くかと思われた。
何気なく昭和レトロなデザインで冷蔵庫にひっそりと佇んでいる「ポッカ食卓レモン」。ポッカコーポレーションは,昭和32年にポッカレモンが発売された当時は,ニッカレモン株式会社と言ったらしいです。

昭和30年代にレモンなんて知らなかったのではないでしょうか。果物といえば蜜柑。野菜だけれど,夏はトマトかスイカ。バナナは風邪を引いたときに食べさせてくれましたかね。桃の缶詰めを初めて食べたとき,その美味しさに驚いたことを覚えています。缶に残った甘いお汁を飲み干しました。

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今のデザインよりもこちらの方がかわいいと思います。
暑かった日の夕食に少しだけ。

素敵な昭和の写真です。今夏の「暮しの手帖」に掲載されていた写真ですが,ミシンを踏んでいる女性は植田紀枝さん。写真家の植田正治氏の奥さんであり,撮影したのはもちろん植田正治氏。私は先日「三菱ミシンの広告」という記事を書いたばかりです。

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私は二十歳の頃,植田先生の写真講座に参加していました。先生はベス単と呼ばれるカメラを駆使して,味のある写真を発表していて,かなりの有名人でした。先生の撮影した写真に三菱ミシンを踏んでいる奥さんが収められている・・。驚きとともに不思議な思いがします。1983年紀枝さんは亡くなり,正治先生も2000年に鬼籍に入られました。

ベス単とはベストポケットコダックという大正時代に作られたカメラで,今もファンは多いと思います。

2000年に発売された明治のお菓子がたくさん入った缶。昭和レトロなデザインで作られています。女の子が抱いている明治クリームキャラメルのデザインも昭和のものです。

明治クリームキャラメルは,口の中に入れると,短い時間ですごく柔らかくなった。その柔らかさにどこか高級なものを食べている感じがした。昭和39年発売。

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いつも履いていた半ズボンのポケットの中に入れたままにしておくと,体温で柔らかくなり,奇妙な形につぶれていたキャラメル。一度柔らかくなって再度冷えると,包み紙がなかなか剥がせなくなったキャラメル。あの頃の半ズボンのポケットの中には,甘い未来も少しだけ入っていたような気がする。

昭和41年式のボンネットバスです。堂々としたデザインです。レトロな生き物のようでもあります。いすずのTSD40。岩手県で走っていたバスです。乗客の定員は補助席を入れて19名。三角窓があるのが分かるでしょうか。内側からクルクルとレバーを回して開けます。

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エンジンは最近オーバーホールされていて,手入れも行き届いています。エンジンをかけてみると,さすがに大きい音がします。どこか懐かしい音です。うれしそうな音です。

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運転席です。レトロです。ハンドルの真ん中にいすゞのマークがあります。床は板張りです。運転したいです。

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昭和40年代の初めは,路線バスのルートといえども,まだ狭い道も多かった。そんな道では,バスは民家の軒すれすれに走りました。左のミラーが民家の樋と数センチの間隔ですり抜けていきます。子どもの私はただただ「すごいなぁ」と驚くばかりでした。どこか暖かかった昭和です。
なんという素晴らしい写真でしょうか。レトロなデザインそのままに現代に繋がる写真だと思います。昭和というより大正の趣です。

これは「華麗なる双輪主義〜スタイルのある自転車生活」という本の中の1ページです。非常に面白い切り口で自転車文化を語っています。自転車関係の本でこんなに素敵な本を私は知りません。

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著者紹介 小池一介
東京生まれ。大学在学中に英国に留学。そこで核兵器、生物化学兵器全廃を目指す活動をしていたDr.アリス・イザベラ・ラウトンと知己を結び、以後彼女が亡くなるまで、英国ではラウトン邸に住む。その間、徹底した環境保護の生き方の薫陶を受ける。のちに、気象庁、防衛庁、各国の政府機関等に精密機械を納入する会社の貿易部に勤務。その後、技術通訳として独立、通訳養成所で講師を務めるなどの時期を経て、インド国立製鉄所やイランのイスファハン製鉄所の近代化改修プロジェクトに参加。在日英国人のクラブ、東京ブリティッシュ・クラブで元名誉書記を務めるなど、英国通としても知られる。古い建築の材料をレストアして、インテリアやエクステリアに用いるスペシャリストとしても知られており、美術館の内外装なども数多く手がけている
(本書後書きより)

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明治ミルクチョコレートのデザインは昭和から変わっていない気がします。レトロというよりも,もうその存在地位を完全に築いてしまったデザインだと思います。懐かしさに買ってきましたが,もう食べてしまいました。味も昔と変わらない気がします。甘いものはなんでも美味しかった昭和ですね。中身が無くなったパッケージを撮りました。

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あの頃私はまだ小学生でしたが,すでに社会人になった兄がいました。よく,近所のお菓子屋さんまでチョコレートを買いに行かされたことを覚えています。兄に言いつけられたのは,いつもこの明治のミルクチョコレートかロッテのガーナチョコレートでした。買ってくると,麻雀のメンバーに入れてくれました。負けた記憶がありません。難しい手役はまだ分からなかったし,点数の数え方も知らなかったけれど,とにかく七対子がよくできました。兄の驚いた顔を今でも覚えています。
文句を言わせない昭和のデザインですねぇ。この男の子のネーミングが,なんと,「坊ちゃん」です。ひねりはありません。「坊ちゃん」です。ある意味すごいです。ある意味レトロです。さらに・・夏目漱石の「坊ちゃん」からとったそうです。・・・。そのままです。やはりすごいです。

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これは「釜出し一番石鹸」この石鹸,もらいました。原材料は牛脂とヤシ油だそうです。牛とヤシですよ。こだわってます。仙台で大正時代からこの石鹸を作り続けているそうです。頑固です。いいですね。 楽天を見ると,売れているようです。レビューもたくさんあります。

CANON AF35MLです。昭和のデザインです。すごいことにF1.9です。試し撮りをされている方がいます。

30年くらい前のコンパクトカメラだから,まだそんなに古いとは思いませんが,綺麗なデザインをしています。じっと眺めていると何だか言葉が出てこなくなります。モノを使うということはどういうことなんだろうか。道具としてのモノのデザインって何だろう。「?」ばかりが浮かんでは消えていきます。

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昭和40年代の徳利です。優しくてレトロなデザインが好きです。

まだ幼い頃,親戚のおじさんがやってくるのが嫌でした。いつもテラテラした顔に笑みを浮かべてやってきた。母親は酒を沸かし,父親は見たことのないような笑顔を作り,酒を酌み交わすほどに声は大きくなり,他愛もないことで下品に笑った。二人とも,そして母親も,みんな嘘をついていると思った。嘘は嫌だった・・。

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あの頃の日本酒は美味しくするためにと,水飴や調味料を加えて作られていました。醸造用アルコールを加えて水増しもしていました。だから,悪酔いした。二日酔いが日本酒のシンボルだった。

ところが近年は,吟醸酒、純米酒、本醸造酒などこだわった美味しさを持つお酒が多くなってきました。とてもいいことだと思います。日本酒は日本の文化なのですから。

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うちには昭和40年代の黒電話がある。私にとっての「黒電話」といえばこのデザイン。レトロではないですね。

昭和30年代。電話のある家は本当に少なかった。昭和40年代になって普及が始まったけれど,近所の家に緊急のときの呼び出しをお願いして,お借りしているのが普通でした。まだ近所同士で夕食のおかずのおすそ分けが日常だった時代です。

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うちに電話が引かれたのは昭和45年前後です。その時の黒電話がこのデザインです。あの頃は電話に座布団を敷き,受話器に洋服を着せました。敷き物とカバーです。紺地に小さな白い犬がたくさん並んでいるデザインでした。今でも似たデザインは多いですよね。

深夜に女の子とよく長話をしました。受話器を持つ腕が痛くなりました。いったいなにをあんなに永い時間話していたのか,思い出せません。市内通話だったら,まだ7円で時間制限なく話せたと思います。調べてみると,時間制が採用されたのは昭和47年11月からです。7円/3分です。昭和51年には10円/3分になりました。
昭和40年代でしょうか。レトロなキリンビールの栓抜きです。分厚くて信頼感のあるデザインです。

栓抜きといえば,昭和40年代でしょうか,瓶のコカコーラの自販機には栓抜きが付いていました。お金を入れて瓶を引き抜き,自販機に付いている栓抜きでプシュッと蓋を開けました。瓶のコーラは4本くらい並んでいたので,なんとか2本一度に引き抜けないかと挑戦しました。しかし,成功したことがありませんでした。瓶のコカコーラの自販機は今でもあるようですが私はお目にかかったことがありません。

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コカコーラは大正時代から日本に入っていたらしいけれど,日本コカコーラができたのが昭和32年ですから,本格的に売られたのはそれ以後ということになります。発売当初は評判悪かったですよ。特にあの色に気圧されました。あんな色のものが飲めるのか,と。このことについては「三丁目の夕日」でもちょこっと出てきます。ちなみに最初にコカコーラを販売したのは明治屋です。

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桃マッチと2B弾

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昭和を代表する桃マッチ。懐かしいデザインです。子どもの頃,マッチは日常的に使いました。小学校の先生がマッチのすり方を教えてくれたのを覚えています。インスタントラーメンを作るとき,五右衛門風呂を沸かすとき,蚊取り線香をつけるとき,庭でゴミを燃やすとき,花火をするとき・・。

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そういえば,子どものおもちゃとして,2B弾というものがありました。これは火をつけるのにマッチを必要としません。石やコンクリートにすり付けるだけで着火します。鉛筆くらいの大きさで,火をつけると黄色い煙がモウモウと出ます。そして30秒位して爆発します。黄色い煙が出ている時に手で持ち,友達を追いかけて走ります。爆発する頃合いを見計らって投げつけます。頃合いを誤ると自分の手の中で爆発します。手が火薬で黄色くなります。この2B弾の優れているところは水の中でも消えないことです。水の中でも黄色い煙を勢いよく吐き出した後に爆発します。荒っぽい遊びが日常だった昭和です。

2B弾を道具にして「忍者部隊月光」ごっこもしました。

三菱ミシンのレトロなデザインの広告。昭和36年のものです。

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昭和30年代は母親が内職をしている家庭が多かった。うちも例外ではなく,母親はモンペを家のミシンで縫っていた。外で遊べない雨の日は飽かず眺めたミシンの針。何故,糸があんなに紆余曲折した形で道筋を作っているのかが不思議でしようがなかった。青い記憶。

私の家にあったのも三菱ミシンではなかったかと,記憶の端を辿ってみる。金色の「MITSUBISHI」に妙に見覚えがあるのです。あの頃はジャノメ,シンガー,ブラザー,リッカー。工業用でJUKI。色々なメーカーがありました。

「sewing machine」の「マシン」が「ミシン」になったということを聞いた覚えがあります。
昭和52年発売のホンダCD125Tです。いいデザインです。通称は「ベンリィ」。便利だから?
これは5速のタイプです。

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市内で乗っています。時々思いっきりエンジンを回したりもします。そんなときは3速で70kを越えます。それでも燃費は40km/ℓくらいいきます。排気量は2.5倍あるのに,50ccのスクーターと同じくらいの燃費です。シートはタンデムシートに交換してあります。CD250Uのものです。しかし取り付けには加工が必要です。平成14年まで生産されていた実用車です。まったり乗ると気持ちがいいですね。とても愛着があります。

全長 1.980m
全幅 0.780m
全高 1.050m
重量 137kg
空冷4ストロークOHC2気筒
総排気量 124cc
最高出力 12ps/9,500rpm
最大トルク 0.96kg/7,000rpm
燃料タンク 11ℓ

(2008/11/07追記)
毎日片道3kmの道を通勤し始めて数ヶ月経ちました。さすがにこの距離で信号待ちの多い状況では燃費は落ちます。25km/lくらいです。とろとろと走ることは滅多にないです。気に入っています。

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★カスタムされたベンリィ。欲しい・・。
昭和20年代でしょうか。30年代でしょうか。この腕時計の素性はよく分かりません。HANOVERというメーカーです。裏にはSWISS MADEと彫られています。手巻きです。時計屋さんに訊くと,使い捨て感覚で作られた時計だそうです。だから,分解掃除するのはもったいないと言われました・・・。だから,一日に何分か誤差が出ます。

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でもかわいいデザインだと思って,時々ねじを巻いて動かしています。モノはデザインだと思います。気に入ったデザインのものを使いたい。見ていたい。それでいいかなと。機会があれば・・分解掃除します!!!

あまりに湿度が高いので「こどもののみもの」を飲みました。レトロなデザインがかわいいです。サンガリアが発売してるビールを模した炭酸飲料です。ごちそうさま♪

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これが何だかご存知でしょうか。昭和のものです。不思議なデザインです。

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実は,この道具,何に使うのか正確なところは私も知りません。ただ,病院関係から出てきたものです。

昭和の時代,まだ子どもの頃,町の医院では,薬は窓口で調合していました。飲み薬は天秤で粉末の量を量り,何種類かの粉末を混ぜて,それを小分けに紙で折り畳んで一回分を作ってくれました。そんな時代に,捻挫などしたときには,湿布も窓口で作ってくれました。

私はこの道具は,いわゆる「膏薬」を作るときに使ったものではないかと思います。この道具のタイル質のところで膏薬を練るのではないでしょうか。そして,できた膏薬をこれまた少しずつネルのような布に塗り付けてその上から透明のビニールを載せ,一回分が出来上がりです。この道具,よく見ると左右対称ではありませんよね。タイルの下に木がない部分があります。ここから膏薬をネルの上に取り分けるのです。違いますかね〜。

これは私の推測です。多分当たっていると思いますが定かではありません。



レトロなデザインの自転車が大好きだ。特にロッド式ブレーキがたまらない。

でも,自分はといえば,ママチャリを内装3段にしようと悪戦苦闘中。部品を手に入れていろいろやってみると,なんとなく自転車の仕組みが分かってきたけど,まだ走れる状態にはなっておりません・・。オートバイも好きだけれど自転車もいいですね。

Yahoo Auctionで昭和の自転車を色々と物色していましたが,何のご縁か,unbelievableなサイトを見つけてしまいました。

add bookmarkです。世の中にはすごい人がいるものです。まったく驚きました。アメリカの方です。日本人も頑張らなきゃね。

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あの「BD-1」水谷輪業のロゴです。声が出ません。

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管理者の方の了解を得て写真も紹介させていただいています。
錠・ダイナモ・ライト・サドルそして何気なく泥よけがすごいと思いませんか。



私の子どもの頃の記憶はいつも独りぼっちのことばかりです。雨の日の記憶・・。色々なことが思い出されますが,どうも,心が濡れすぎていてうまくかけません。

でも,あの頃,何故あんなに永い間雨垂れを見続けていられたのか。何故トタンを打つ雨音をあんなにも愛おしく感じられたのか。考えるよりも,できるなら,もう一度あの甘い時間を舐めてみたいと願う。

「かさ」という絵本があります。昭和50年に発行されたもののようです。一度図書館で借りてきて,忘れられず,とうとう買いました。

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赤い傘をさした女の子が,お父さんの傘を持って,駅までお迎えに行くというストーリーですが,台詞はありません。白黒です。色が付いているのは女の子の傘の赤だけです。なぜか泣けてきてしまうのです。全編に渡るデザインに昭和の匂いがする,とてもいい絵本です。何度見ても飽きることはありません。

★「かさ」太田大八
寝室には柱時計がかかっている。昭和30年代の精工舎。安価なものですが好きなデザインです。

柱時計の歴史は明治に始まると思うが,まず八角型がアメリカから輸入された。その名の通り八角形の形をしていた。そしてだるま型ができた。だるま型は文字盤部分と振り子部分がそれぞれ丸く重なり,左右に小さな丸が二つ。四つ丸型ともいいます。いずれも明治のもので,レトロでアンティークなデザインです。やがて,スリゲル型と呼ばれる長方形の箱の形のものが出てきます。骨董的にはやはり八角型やだるま型が高いですね。

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でも私は昭和30年代に普通の家庭にあった何でもない柱時計が好きです。庶民の家庭はそんなに広くはありませんでした。ちゃぶ台を置けばそこがダイニングルームで,ちゃぶ台を畳んで布団を敷けば寝室になりました。そんな家庭に柱時計がかかっているのです。当然夜中は時計の振り子の音だけがチクタクと聞こえます。不思議と,「うるさいから振り子を止めろ」なんていうことはありませんでした。30分ごとに時を告げるボーンボンさえそのままにして寝ていました。それが昭和だったからでしょうか。

昭和の時代に万能薬だと信じていたものの一つが赤チン。擦り傷は日常だったあの頃,膝小僧には,いつもまぁるく日の丸のように赤チンが着いていたような虚ろな記憶さえある。

それに比べて,子どもたちはヨーチンを恐れていた。ヨーチンは赤チンの何倍も染みるのである。塗ったあとすぐにフーフーと息を吐きかけ,うちわで煽がないと堪えられなかった。だから,みんな赤チンが好きだった。

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赤チンの正式名称はマーキュロクロム液という。赤チンは昭和48年ごろ,製造工程で発生する水銀の問題から発売中止になったが,現在は海外で製造した原料を輸入して販売されている。

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昭和28年の広告です。レトロといえばレトロなデザインですが,このダン注射液なるもの,よく見ると1cc×10Aと書いてある。ということは多分アンプルですよね。ちなみに薬効を見ると風邪薬。自分で静脈注射して,「ひとにもすすめたくなる」というわけでしょうか。

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戦後にはヒロポンを自分で注射していたのは知っている。元気が出る薬である。ただし,覚せい剤特有の副作用がある。戦後,軍から放出されたヒロポンは一気に広まったらしい。これは和田誠監督の「麻雀放浪記」にも出てくる。戦後の作家たちにもかなり広まっていたというし,昭和26年に成立した覚醒剤取締法によって覚醒剤指定されるまでは普通に使用できたということ。終戦後というのは私には信じられないことが多々ある・・。

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昭和44年発行開始の五百円札。すこーしレトロで,綺麗なデザインだと思います。昭和60年まで製造されていました。

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肖像は岩倉具視。彼について詳しくは知らないけれど,彼の玄孫に加山雄三がいる。つまり上原謙の奥さん,小桜葉子が岩倉具視のひ孫だったということです。

加山雄三の歌はよく聴きました。昭和43年「君といつまでも」が発売されて,昭和44年に友達の家で初めて見たステレオで,何度も何度も繰り返し聴きました。ませた子どもでしたね。先日NHKで見た加山雄三は気合いが入ってました。加山雄三も色々あったけれど,なんていうか,無条件で受け入れてしまう私です。


加山雄三
発売日:2003-08-27
価格
曲目 | 1.海 その愛 | 2.その日海からラプソディ | 3.蒼い星くず | 4.夜空の星 | 5.夜空を仰いで | 6.美しいヴィーナス | 7.お嫁においで | 8.旅立つ君に | 9.ブライト・ホーン | 10.光進丸 | 11.Hello!Pacific | 12.ぼくの妹に | 13.夕映えの恋人 | 14.メドレー:まだ見ぬ恋人~幻のアマリリス~いい娘だから~フィジーにおいで~白い砂の少女~ある日渚に | 15.知床旅情 | 16.見上げてごらん夜の星を | 17.旅人よ | 18.アンチェインド・メロディ | 19.ダニー・ボーイ | 20.好きにならずにいられない | 21.君といつまでも | 22.地球をセーリング | 23.さらばオーシャン | 24.海がそこにあったから | 25.恋は紅いバラ | 26.時を超えて |
あまなつShopあまなつで見る同じレイアウトで作成
「ブタブタコブタ お腹がすいた ブー ♫」
レトロなこぶたのデザインは今も生きています。

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「野菜を入れてうまいのはこれ!!」
も懐かしい。

時々食べるけれど,やはり美味しい。キャベツを入れたらHappy!!

昨今は,カップ麺の入れ替わりが激しい。時に,中華の鉄人みたいな,ラーメンのプロの味を追い求めたものも見受けられる。でも,インスタントラーメンはインスタントラーメンであって,インスタントラーメンにラーメン本来の味を求めてはいけないと思うし,メーカーもそんなことを追求するべきではないと思う。インスタントラーメンはそれ自体が歴史と文化を持ち合わせた日本の素晴らしい食品だと思いませんか。

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