ミシンの最近のブログ記事

ブラザーミシンです。見たところ,昭和30年代だと思います。レトロなデザインと黒い色が歴史の重みを感じさせます。

brothermishin.jpg

小学校の頃,ミシンは不思議な機械でした。だから,その仕組みを知りたかった。特に下糸の仕組みが不可解で,ボビンを外したり入れたり。しかし,小学生の私にはミシンの全容は分かりませんでした。小さな手に乗せたボビンとそのケース。その質感と重さに謎は深まるばかりでした。

bobincase.jpg
★ミシンネットストア
toyotamishin-3.jpg
昭和のミシンはこんなふうに電球をオプションでつけていました。レトロです。針先を明るくするための策です。デザイン的にも似合っていると思うのは私だけでしょうか。

あの頃は,小学校の先生から雑巾を作って持ってくるようにいわれました。学校も予算がなかったのでしょうか。大抵は使い古したタオルや手拭いをミシンで縫って持っていくのが常でした。そして,その雑巾で教室や廊下の掃除をします。木造の床はトゲが出ていたりしているので,雑巾をかけているときに指にそのトゲが刺さることはよくありました。トゲが奥深く刺さって取れないときは,裁縫の針先をマッチの火で焼いて,針先で掘り出しました。それくらいのことでは赤チンは使わなかった気がします。
昭和レトロなトヨタミシンです。当時のほかのメーカーのものと比べて,直線的なデザインです。未だに現役です。もちろん,昭和20〜30年代のものですから足踏みです。

toyotamishin-1.jpg

トヨタミシン第一号機HA-1型は昭和21年にできました。ジャノメやブラザーに比べて後発となります。トヨタ自動車の創業者,豊田喜一郎氏自らが指導開発したそうです。このロゴに気合いが入っています。素敵です。

toyotamishin-2.jpg
素敵な昭和の写真です。今夏の「暮しの手帖」に掲載されていた写真ですが,ミシンを踏んでいる女性は植田紀枝さん。写真家の植田正治氏の奥さんであり,撮影したのはもちろん植田正治氏。私は先日「三菱ミシンの広告」という記事を書いたばかりです。

uetashoji.jpg

私は二十歳の頃,植田先生の写真講座に参加していました。先生はベス単と呼ばれるカメラを駆使して,味のある写真を発表していて,かなりの有名人でした。先生の撮影した写真に三菱ミシンを踏んでいる奥さんが収められている・・。驚きとともに不思議な思いがします。1983年紀枝さんは亡くなり,正治先生も2000年に鬼籍に入られました。

ベス単とはベストポケットコダックという大正時代に作られたカメラで,今もファンは多いと思います。

三菱ミシンのレトロなデザインの広告。昭和36年のものです。

mitsubishumishin.jpg

昭和30年代は母親が内職をしている家庭が多かった。うちも例外ではなく,母親はモンペを家のミシンで縫っていた。外で遊べない雨の日は飽かず眺めたミシンの針。何故,糸があんなに紆余曲折した形で道筋を作っているのかが不思議でしようがなかった。青い記憶。

私の家にあったのも三菱ミシンではなかったかと,記憶の端を辿ってみる。金色の「MITSUBISHI」に妙に見覚えがあるのです。あの頃はジャノメ,シンガー,ブラザー,リッカー。工業用でJUKI。色々なメーカーがありました。

「sewing machine」の「マシン」が「ミシン」になったということを聞いた覚えがあります。

profile


  • dandan
  • 昭和30年代生
  • A型・水瓶座
  • 犬は「チコ」

2008年10月: 月別アーカイブ

Powered by Movable Type 4.21-ja

wish Rakuten















link

2016年11月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

メール