三度の食事とおやつの最近のブログ記事

アマポーラ

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昭和の時代には、あんぱんとジャムパンとクリームパン、この三つが菓子パンの代表でした。あんぱんといえば木村屋です。明治7年に銀座で売り出されたというのですからその歴史はすごいものです。明治8年4月4日に明治天皇に献上されたことから、4月4日は「あんぱんの日」になっているそうです。

しかし昭和30年代にあんぱんを食べた記憶がありません。あの頃のパンといえば給食のコッペパンだったし、おやつはサツマイモを蒸かしたものが日常でした。近所の駄菓子屋さんにあんぱんはなかったのです。

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あんぱんの上にのっているツブツブはひなげしの種です。ひなげしはスペイン語でアマポーラ。1924年に作られた「アマポーラ」という歌があります。ロバートデニーロ主演の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の挿入歌としても使われました。あんぱん以上に甘い歌です。昭和56年でしたか・・・山下達郎の「ON THE STREET CORNER 2」の一曲目がこの「アマポーラ」です。当時、東京へ向かう新幹線の中で、友人に借りたウォークマンで聞き続けた曲です。恋していた昭和です。

AMAPOLA, my pretty little poppy,
You're like that lovely flow'r so sweet and heavenly.
Since I found you,My heart is wrapped around you.
And loving you, it seems to beat a rhapsody.
AMAPOLA,the pretty little poppy must copy its endearing charm from you.
AMAPOLA,AMAPOLA,How I long to hear you say "I love you."
(出典:Wikipedia)
作詞:ALBERT GAMSE/作曲:JOSEPH M. LACALLE/


昭和40年代後半でしょうか。保温ジャーです。蘭の花のデザインが昭和です。メーカー名がダイクラウンと書いてあるのですが、検索してもそのような会社は見つかりません。自分で使ってみようかと思いつつ、デッドストックになってしまいました。

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昭和30年代はもちろん保温ジャーなどというものはなく、「おひつ」でした。

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夕食の時間になると、母親が丸いちゃぶ台の横までお櫃を抱えてきて。蓋を開けるとほんのり湯気が立った。あの頃、テレビを見ながら食事するなんていうことはもってのほかだった。食事ができるということそのものを大事にしていた昭和です。

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浦島海苔万歳

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昭和のデザインとは違っているが、あの頃、西日本で海苔と言えば浦島海苔だった。平成に入って次第に他のメーカーに押されるようになるが、最近蘇った浦島海苔。ホームページも丁寧に作られています。

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浦島海苔株式会社の創業は大正3年。おかずがなければ海苔で食べる、とはいかなかった昭和。まだ貧しかった私たちには、海苔はごちそうだった。おかずがないときは、塩か醤油をかけて、ごはんを食べていた。海苔で巻いたおにぎりも高級に見えた。だから、お正月に母親が作る太巻き寿司などは、やはり年に一度食べるにふさわしいものだったと言える。

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昭和を思い出すデザインの永野旭堂のぼうしパン。味もどこか懐かしい。

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昭和30年代に永野旭堂が作り出したぼうしパン。元祖が永野旭堂ということは、世界で初めてということです。あの頃、高知に住んでいる間はこのことを知りませんでした。ぼうしパンはもっともポピュラーなパンだったのですから。

スリーエフが2007年に4週間限定で販売したので、全国にこのぼうしパンのファンも多いとか。

アルミの弁当箱

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昭和40年代でしょうか。レトロなデザインのアルミの弁当箱。懐かしいです。当時、このおかず入れが画期的でした。醤油入れまで付いています。

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日軽アルミニウム工業の弁当箱です。当時、父親がこの弁当箱を使い始めたとき、羨ましくて仕方なかった。おかず入れに入るのは前の晩の残り物だったが、憧れのお弁当でしたね。あの頃、ご飯の真ん中に梅干しを一つ置いて、日の丸弁当にするのが普通のことだったので、梅干しの酸の影響でふたに穴が開いたという話を聞きましたが、実際に見たことはありません。

ひとつ。今でもわからないことがあります。ご飯の部分とおかずの部分を隔てる敷居がありますが、この端がカーブを描いていて直線ではないこと。この部分はどう使うのが正解なのでしょう・・。

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昭和33年頃に発売された永野旭堂のニコニコパンです。昭和レトロなデザインが暖かいです。

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昭和33年頃にこのようなパンを発売したというのは凄いことだと思います。昭和30年代にパンを食べる家庭生活は、少なくとも、私たちにはなかった。パンというのは学校の給食で出るコッペパンのことでした。給食のコッペパンはほとんど味も付いていないようなものでしたが、希にマーガリンが添えられていることがありました。そのときは嬉しかったですね。

そんな30年代に砂糖のざらざらとした食感が残るクリームを挟んだニコニコパンを発売するというのは斬新なことだったと思います。

高知の永野旭堂といえば、「ぼうしパン」を最初に作ったことで有名です。しかし「ぼうしパン」を県外では見かけませんねぇ。

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日清チキンラーメンの復刻版です。昭和レトロなデザインです。そして懐かしいです。チキンラーメンは美味しかったですね。そして不思議でもありました。

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チキンラーメンの開発者は安藤百福さん。最近でも色々なテレビで紹介されていますね。油の熱で麺を乾かす瞬間油熱乾燥法を開発した人です。発売は昭和33年。35円。カロリーは375kcalですから,ほかのインスタントラーメンより低いです。お汁まで飲んでも大丈夫そうですね。ちなみに,あの頃は生のままでぽりぽりとかじることもありました。写真を撮りましたから,早速食べてみましょう。いただきます。

揚げあんパン

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永野旭堂の「フライパン」。揚げあんパンですね。昭和レトロな香りのするデザインを描いてみました。小麦粉を溶いて生地を作り,あんを入れてパンを作り,それを揚げて砂糖をまぶす。・・・のですからカロリーは多いでしょうね。でも,食べてみてください。美味しいです。永野旭堂のパンは味もパッケージングもお勧めです。

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子どものころにはほとんどこれと一緒のデザインでした。昭和レトロなちゃぶ台の上にちょこんと座っていた磯じまんです。おかずがなければ,沢庵か磯じまんです。

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磯じまんが発売されたのは大正15年。現在の社名は磯じまん株式会社。大阪に本店を置く磯じまんは,やはり関西でのシェアが高い。海沿いの町でおばあさんが作る佃煮には負けるかもしれませんが,他の大手企業の佃煮よりは美味しいですよ。関東の方にお奨め。

何気なく昭和レトロなデザインで冷蔵庫にひっそりと佇んでいる「ポッカ食卓レモン」。ポッカコーポレーションは,昭和32年にポッカレモンが発売された当時は,ニッカレモン株式会社と言ったらしいです。

昭和30年代にレモンなんて知らなかったのではないでしょうか。果物といえば蜜柑。野菜だけれど,夏はトマトかスイカ。バナナは風邪を引いたときに食べさせてくれましたかね。桃の缶詰めを初めて食べたとき,その美味しさに驚いたことを覚えています。缶に残った甘いお汁を飲み干しました。

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今のデザインよりもこちらの方がかわいいと思います。
暑かった日の夕食に少しだけ。

昭和40年代のトースターはうちにある。ゼネラルかどこかのトースターで,このデザインのものは市場にもかなり存在していると思います。まさしく昭和レトロなデザインです。食パンを2枚一度に焼く普通のトースターです。

それにしても,初めて家でトーストを食べたのはいつのことだろう。
どうしようもなく思い出せない。

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高校の頃になると,よくモーニングサービスを喫茶店に食べにいった。トーストとゆで卵とコーヒー。それでよかった。学校に行く途中の喫茶店でモーニングを食べ,ハイライトを胸の奥深くまで吸い込み,一時間目はさぼり,気が向けば2時間目から学校に行った。時間がゆっくり流れていたあの頃。昭和。

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だっしふんにゅう。漢字から判断すると生乳から乳脂肪分を取り除いて粉にしたものです。戦後、アメリカの民間団体やユニセフによって日本に提供されていたそうです。敗戦ということが昭和30年〜40年代の子供の生活にまで大きく影を落としていたということです。アメリカでは家畜の餌にも混ぜられていたとかいう話を聞きます。

これが給食に出ました。今のスキムミルクとは全く味が違います。なによりも妙な匂いがしました。この脱脂粉乳をお湯で溶いて大きなバケツに入れて、それを給食係りが柄杓のようなもので全員のアルマイト製のコップに注いで回ります。

給食は残さずに食べることが鉄則でした。残したままでは給食の時間は終わらないのです。みんな鼻をつまんで飲みました。それでも飲めずに泣いているこどももいました。

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上は10年ほど前に私が買ったアルマイトの食器です。いつかこれでカレーを食べてみたいと思いながら未だに使っていません。今でも売っていると思います・・・。

ありました!!

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