飲み物の最近のブログ記事

ファーストキス

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昭和なのか、大正なのか分からないデザインのキリンビールのポスター。
紺色の服と背景に唇の朱が効いている。

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「ファーストキスの相手って、ずーっと忘れられないもの?」
昭和のテレビドラマを見ていたら、女の子が言った。
私はファーストキスの相手を覚えていない。なんとしても思い出せない。

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昭和の3階建ての酒屋さんの壁に描かれた麒麟。やはりデザインが素敵です。

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昭和の酒屋さんは忙しかった。

店を入ると木のカウンターと木の丸いスがあり、そこで昼間から日本酒をちびりちびり飲んでるおじさんがいた。そんなお客さんの対応をしながらも、町内のお得意さんへの配達もしなければならない。なにせ車など持っている家庭は極端に少なかったので、ビールなどは配達を頼むことが多かった。酒屋さんは配達をしながらお得意さんの御用聞きもしなければならない。家庭に電話もなかったからだ。希にお酒を頼むことを忘れていて、父親が帰ってくるまえに母親が気づいたときには、小学生だったわたしは決まってお使いを頼まれた。まだ小さいので、頼まれるのは土佐鶴の5号瓶だった。野犬のいなそうな道を選んで酒屋さんまで歩いて行く。

2階には司牡丹。3階の壁に麒麟。昭和のことを思い出す。麒麟よ。寒風吹きすさぶ年の瀬の青空に敢然と飛んでいくか。


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瓶は十円

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昭和を思い出すコカコーラの瓶。復刻版デザインで、「コカコーラナショナルビバレッジ」の記載がある。現在の販売者は「コカ・コーラ カスタマーマーケティング」である。

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あの頃、液体は須らく瓶で売られていた。お酒や、醤油も瓶。販売するときには瓶の料金が含まれていた。だから、コーラの瓶を返しに行くと、10円が貰えた。あの頃の子どもにとって10円は貴重だった。
一日の小遣いが10円を超えることはなかった。瓶が道や公園などに捨てられていることは全く稀なことだったけれど、その千載一遇のチャンスにめぐり合えたときは嬉しかった。瓶を持って酒屋さんまで走った。そして、駄菓子屋さんのおばさんからメンコを買い、親の裁縫鋏で切り取った。

風邪で学校を休んだときは、加奈代ちゃんが給食のコッペパンを届けてくれた小学校の頃の思い出。

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仮面ライダーは昭和46年から放映された。写真は「仮面サイダー」潔いネーミングのサイダーで、仮面ライダーの姿をデザインしているが、このシリーズは全部で9種類あるようだ。DYDOの復刻版シリーズである。

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残念ながら、テレビの仮面ライダーはほとんど見たことがない。やはり私の年代はウルトラQとウルトラマンだろうか。いや、実写としては月光仮面か。あの頃私は風呂敷をマントにして、駄菓子屋で売っていた白縁のサングラスをかけて、風を切って走っていた。親からしかられて家を追い出されることも度々だったが、いつも、近所の家で受け入れてもらい、お菓子を食べたりしていた。そうこうしているうちに親が迎えに来るのである。町内が共同体のようなものだった昭和。

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昭和を思い出させるデザインのコカコーラの190ml瓶。今でも、売られています。

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コーラとは、コーラ・ナッツのエキスを用いて作られているから。コカとはコカの葉のこと。もちろん、現在のコカコーラにはコカの成分は入っていない。

コカコーラについては、昭和30年代に色々なことが言われた。コールタールが入っているだとか、コカインが入っているから中毒になるだとか。コーラを飲むと歯が溶ける。そして、瓶の底の横側にくぼんだ部分の形によって、四角は辛口で、丸は甘口だとか。まあ、コーラの色を見て、飲み物であるという認識ができなかった当時の日本人としては、色々な噂話をまことしやかに語るには絶好の対象だっただろうと思う。

あの頃、喫茶店に行けば、コーラに輪切りのレモンを添えたものがメニューにあったのだが、今でもあるのだろうか。

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明治時代から昭和初期にかけて外国人の避暑地として栄えた長崎県雲仙市の温泉地「雲仙」で愛飲されたレモネード。温泉レモネードと書いて「うんぜんれもねーど」。大正時代を感じさせるデザインです。女性はアメリカのノーベル賞作家パール・バックをイメージしたものとされている。

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梅雨入りの時節なのに暑い日が続き、昼間に飲んだレモネードの空き瓶が、電球色に染まる。あの頃は蛍光灯はまだ少なかった。四畳半に電球一つはあたりまえだった。天井からぶら下がったソケットを二股にして、そこからラジオの電源を取っていた昭和。お金もなかったし、愛する女性もいなかった。それでも、幸せだった。

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五月のサイダー

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晴れた日の午後に自転車で買い物に出かけ、汗を少しかいたから飲んだスワンのサイダー。ラベルのデザインが昭和のままのようです。

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佐賀県小城市にある友桝飲料は創業明治35年。当初はラムネの製造をしていたようですが、戦後にこのサイダーも発売されました。上質な甘みとキリッとした炭酸がとてもいい味を出していると思います。

昭和30年代、家にサイダーなんてありませんでした。冷蔵庫がなかったので、氷もない。そんな中でも懐かしいのは「渡辺のジュースの素」です。ガラスのコップにジュースの素を入れ、水道の水を注ぎ、お箸でかき回してできあがり。少しでも冷たく飲むこつは、水道水をしばらく出しっぱなしにしてから、コップに入れることでした。

 

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キリンビールのロゴです。昭和18年ごろのデザインです。麒麟麦酒株式会社製造。戦時中ということでしょうか、非常に質素なデザインです。麒麟のマークがないのは、麒麟が中国の故事から生まれた生き物だからなのでしょうか。いろいろと勘ぐってしまいます。

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ロゴを見つめていると、なぜか、向田邦子さんの「あ・うん」を思いだし、しみじみとしてしまう秋です。

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明治時代のキリンビールのロゴです。凄いデザインです。私には作れませんね。

ウィリアム・コープランドが設立した「スプリング・バレー・ブルワリー」を起源としているキリンビール。このロゴには「JAPAN BREWERY COMPANY」と書かれています。

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これはやはり麒麟をデザインしているのですよね。なんだか怖いです。顔は龍で、牛の尾に馬の蹄、歩いた跡は正確な円になり、曲がるときは直角に曲がる。そして1千年生きるという麒麟・・。やはり少し怖い。しかし神聖な幻の動物とされ、麒が雌で麟が雄とされる。

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昭和のデザインの三ツ矢サイダーですが,ダイドーが復刻堂ブランドで発売しているらしい。アルミ缶です。

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暑い日が続いて,ついつい自販機の前でため息をつく日が多くなってきた。まだ春なのに・・。で,ダイドーの自販機を覗いてみると,何故かアサヒ飲料の三ツ矢サイダーがそこにある。「三ツ矢シャンペンサイダー」と呼ばれたこともある三ツ矢サイダー。自販機に120円を入れて飲んでしまいました。

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昭和レトロを感じさせるデザインの「指宿温泉サイダー」のラベルです。

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鹿児島県の地サイダーです。指宿が「東洋のハワイ」と言われた頃のイメージのラベルには池田湖の「イッシー」も描かれています。ソーメン流しで有名な開聞唐船峡の天然湧水を使用して作られているそうです。

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先日,送別会に行ったときに出てきたのがキリンビール。昭和のテイストを堂々と残したデザインです。キリンビールが出てくると嬉しくなるのは昭和30年代生まれの性でしょうか。

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本当に幼かった頃,父親が帰宅するまで食事は始まらなかった。たまに父親がいない食卓を囲むのは,父親が外で飲んで帰るときだけだった。父親は飲んで帰るときは時々寿司の折り詰めを提げて帰ってきた。幼い私にとって,それはどこか大人だけの世界を感じさせる不思議なものに思えた。

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農家の嫁

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昭和レトロなデザインのラベルが印象的な「農家の嫁」。株式会社霧島町蒸留所の芋焼酎です。

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株式会社霧島町蒸留所は明治44年創業。ラベルだけでなく,焼酎作りの姿勢にも好感を持ちます。焼酎は蒸留酒の一種で,ウィスキーやウォッカ,ジン,テキーラ,ラム酒なども蒸留酒です。泡盛もそうですね。蒸留酒は一般的に混ざり物が少なく,度数は高いものの,ライムなどで割って飲むと美味しいです。今年のお正月は炬燵にはいって,渋くお茶割りでいきましょうか。
昭和初期のキリンビールのラベルです。いつ見てもいいデザインだと思ってしまいます。ちなみに,ラガービールとは,1-3ヶ月の間,低温で貯蔵・熟成させたビールのことです。

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明治・大正・昭和・平成と続くキリンビールのロゴです。キリンのデザインはいろいろとあって,飽きません。ウィリアム・コープランドが日本で初めてビールを販売したのが明治3年。「麒麟麦酒」です。「麒麟」は、古代中国の空想の霊獣です。なぜ「麒麟」という名前にしたのか,ということについては諸説あるようです。

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昭和の九谷焼の湯呑み茶碗。レトロで綺麗なデザインだと思います。自分で作ってみたくなります。少なくとも,あの頃のちゃぶ台にこんな綺麗なものはなかった。

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暑い日が続くけれど,冷たいものばかり飲んでいては,昭和の身体はもたなくなります。熱い番茶が美味しかった昭和。うちには急須なんていうものはなかった。アルミのやかんを沸騰させて,湯の中に番茶を放り込んで出来上がり。冷めた番茶をやかんの口からがぶ飲みして叱られました。                                     
ついつい買ってしまうレトロなデザインの「昭和サイダー」。サンガリアの製品です。

「のどかわいたね」
「サイダーがいいわ」

妙に子どもの会話でない味がする。

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昭和40年代でしょうか。森永牛乳の販促グラスです。懐かしい昭和レトロなデザインだと思います。キャラクターの名前は「ホモちゃん」らしいですよ。牛乳が分離しないように乳脂肪分を均質化する「ホモジナイズ」という製造過程に由来しているそうです。

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子供たちが脱脂粉乳と葛藤を続けている昭和30年代から40年代にかけて,学校でも牛乳が飲める日があった。必ず飲めるのは運動会の日である。運動会は春を「小運動会」秋を「大運動会」と位置づけて,一年に2度あった。この日は瓶の牛乳が飲めた。瓶牛乳が飲めるからか,運動会が楽しいからか,子供たちの顔は丸い笑みをたたえていた。

お空のもとに集まった
みんなみんな元気な子
鍛えた力を出しあって
今日は楽しい運動会 ♫

青い空の下で一生懸命に歌った「運動会の歌」

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昭和の匂いの残る町を歩いていると,懐かしいデザインに出会います。なかにはレトロなものやポップなものもあります。ワンカップ大関の自販機も未だにかなりの数が働いています。

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昭和42年に設置が始まった自販機です。お酒が自販機で,それも一合だけ買える。すごいなぁと思いましたね。この後,ほかの清酒メーカーも同様の商品を開発しましたが,このワンカップ大関の規格が標準になっています。このことでも大関酒造の功績は大きいと思います。昭和の時代は汽車に乗ってもワンカップを飲んでいる大人をよく見かけました。ちなみに,「ワンカップ」は大関酒造の登録商標です。

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昭和40年代の徳利です。優しくてレトロなデザインが好きです。

まだ幼い頃,親戚のおじさんがやってくるのが嫌でした。いつもテラテラした顔に笑みを浮かべてやってきた。母親は酒を沸かし,父親は見たことのないような笑顔を作り,酒を酌み交わすほどに声は大きくなり,他愛もないことで下品に笑った。二人とも,そして母親も,みんな嘘をついていると思った。嘘は嫌だった・・。

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あの頃の日本酒は美味しくするためにと,水飴や調味料を加えて作られていました。醸造用アルコールを加えて水増しもしていました。だから,悪酔いした。二日酔いが日本酒のシンボルだった。

ところが近年は,吟醸酒、純米酒、本醸造酒などこだわった美味しさを持つお酒が多くなってきました。とてもいいことだと思います。日本酒は日本の文化なのですから。

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昭和40年代でしょうか。レトロなキリンビールの栓抜きです。分厚くて信頼感のあるデザインです。

栓抜きといえば,昭和40年代でしょうか,瓶のコカコーラの自販機には栓抜きが付いていました。お金を入れて瓶を引き抜き,自販機に付いている栓抜きでプシュッと蓋を開けました。瓶のコーラは4本くらい並んでいたので,なんとか2本一度に引き抜けないかと挑戦しました。しかし,成功したことがありませんでした。瓶のコカコーラの自販機は今でもあるようですが私はお目にかかったことがありません。

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コカコーラは大正時代から日本に入っていたらしいけれど,日本コカコーラができたのが昭和32年ですから,本格的に売られたのはそれ以後ということになります。発売当初は評判悪かったですよ。特にあの色に気圧されました。あんな色のものが飲めるのか,と。このことについては「三丁目の夕日」でもちょこっと出てきます。ちなみに最初にコカコーラを販売したのは明治屋です。

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あまりに湿度が高いので「こどもののみもの」を飲みました。レトロなデザインがかわいいです。サンガリアが発売してるビールを模した炭酸飲料です。ごちそうさま♪

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私はキリンのレトロなデザインが好きです。麒麟をデザインしたロゴに片仮名の「キ」「リ」「ン」が隠されているのは有名。麒麟は中国の伝説上の動物。

キリンビールがビールのシェア第一位になったのは昭和29年。あの頃,丸いちゃぶ台で家族で食事をするとき,父親だけに特別に用意されていたものが刺し身とキリンビールだった。私達が南瓜の煮物を食べているときに,父親はビールを飲み,私達が食事を済ませる頃になってようやくご飯を食べようかという雰囲気になる。  

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六月の第三日曜日は「父の日」らしい。母の日に贈る花はカーネーションだが,父の日は白や黄色のバラらしい。昭和の時代,そんな日があるということは知らなかったが ,父親にもキリンビールにも,威厳があった。

      
ラムネの瓶はレトロで微妙なデザインをしています。

ラムネはビー玉で内側から栓をしてある。飲むには駄菓子屋の冷蔵庫の端に紐でつるしてある「ラムネ開け」を使わなければならなかった。「ラムネ開け」はビー玉が傷つかないようにとの配慮からか,木でできていた。そして,その「ラムネ開け」でラムネの栓を落とすのは勇気が必要だった昭和30年代。特に友達と一緒の時には緊張した。一発で開けないとバカにされるからだ。

もともとラムネにはビー玉なんてなかった。ちょうどシャンパンのようにコルクと針金で栓をしてあったようだ。ビー玉の栓を発明したのはイギリス人。それを受け継いだのは大阪人の徳永玉吉だと記憶している。「玉吉」さんですよ。でき過ぎた話は鵜呑みにしてはいけません。しかし,否定する根拠も持ち合わせていません。嘘のような本当の話なのでしょうかね。



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ラムネ,ミカン水,サイダー・・。ペリーが黒船に乗って日本にやって来るまではいずれも存在しなかったことだけは確かなようだけれど,その後の歴史には諸説ある。「ラムネ」がレモネードを語源としているという話は有名。

昭和の時代には「ミカン水」が一番安かった。たしか5円で飲めたと思う。
甘いものに飢えていた昭和。


グラスに入れて飲み物を飲むなんていうことはあまり思い出せない。公園の水道から水をがぶ飲みし、風呂屋の扇風機の前でミカン水を飲み干した昭和。グラスに入れた思い出は「渡辺のジュースの素」くらいだ。

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今は全国で地サイダーというものが販売されています。レトロなデザインのものが多いですね。

下の写真をじっと見ていると、身体のどこかから青い思い出がサイダーの無数の泡のように湧き上がっては消えていきます。愉しかったことより辛かったことのほうをたくさん思い出してしまいますが、見えるはずはなく聞こえるはずもない、サイダーの表面で弾ける泡の小さな音が、私を幸せにしてくれます。愛しいデザインです。綺麗な写真です。

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サイダーといえば「大滝詠一」を思い出してしまいます。昭和40年代後半、三ツ矢サイダーのCMは大滝詠一の独壇場でした。

"なんだかうまくいきすぎる。
        今日は夢で見たようなキラキラこぼれるサイダー♫"

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