音楽の最近のブログ記事

昭和と言わず、太古から昇り続けている月。遠くで犬の遠吠えが聞こえる秋の夕方。ふと自分を振り返る。

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縁側でススキを飾り、三宝にお団子を盛り、まあるい月を家族で愛でる。私にはそうした記憶がない。思わず口ずさむ「月の砂漠」。作詞された加藤まさをさんは静岡生まれの画家です。本の挿絵などで活躍された方ですが、多才な方で、少女小説も書かれており、この「月の砂漠」も大正12年に『少女倶楽部』の三月号に発表されました。

月の砂漠をはるばると
旅の駱駝がゆきました
金と銀との鞍置いて
二つならんでゆきました

金の鞍には銀の甕
銀の鞍には金の甕
二つの甕は それぞれに
紐で結んでありました

さきの鞍には王子様
あとの鞍にはお姫様
乗った二人は おそろいの
白い上着を着てました

曠い砂漠をひとすじに
二人はどこへゆくのでしょう
朧にけぶる月の夜を
対の駱駝はとぼとぼと

砂丘を越えて行きました
黙って越えて行きました


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昭和のデザインです。歌鬼という,阿久悠さんの作品のトリビュートアルバムのジャケットです。同棲時代という漫画がありましたが,その主人公である今日子を思い出しました。

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同棲時代は上村一夫さんの代表作。昭和47年に漫画アクションに連載されました。あの頃はまだ同棲ということが社会的に認められているとは言い難い時代でした。今日子は私には手の届きそうにもない女性でした。それでも,同棲時代を読みながら,私は,今日子の赤い痛みの中に入ろうとしていました。しかし,理解しようと懸命になると,今日子は突然私を突き放します。今日子は上村一夫さんが生んだ女性であり,私は青い読者だっただけなのに。今日子に会ってみたくなりました。

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昭和42年7月から26年間に渡り城達也さんがナレーションを続けられた「ジェットストリーム」


昭和40年代,土佐には民放のFM局が存在しなかったが,なにかでこの「ジェットストリーム」を聴く機会があり,東京へ出ていった暁には真っ先にこの「ジェットストリーム」を聴きたいと思い続けていた。だから,東京の大学に入り,四畳半一間トイレ共同風呂なし,というアパートに引っ越して最初にしたことは,ステレオの配線だった。YAMAHAのレコードプレーヤー,TRIOのアンプとチューナー,TEACのカセットデッキ。そして最初の夜に聴いた「ジェットストリーム」。あの夜の城達也さんの声は忘れられない。

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先日NHKで,ザ・ヒット・パレード「ショウと私を愛した夫」というミュージカルを放送していて,思わず見入ってしまった次第。昭和30年〜40年代の物語。原田泰造と戸田恵子がナベプロの社長と奥さんという配役でした。ザ・ピーナッツ役が瀬戸カトリーヌと池田有希子。思わず途中から録画して2回見てしまった。


ザ・ピーナッツはいい歌をたくさん歌いました。それにしてもどうしてもハナ肇さんを思い出してしまいます。あのシャボン玉ホリデーのラストのコーナーでピーナッツの二人に肘鉄を食らうハナさんを・・。バックにはスターダストが流れ,昭和の日曜日の夜は過ぎていきました。

昭和49年の歌本です。昭和らしいデザインの文庫本。ぱらぱらとページをめくっていると「いとしのマックス」に目が止まりました。荒木一郎のヒット曲です。

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先日,車を運転しながらラジオを聴いていると,荒木一郎の「空に星があるように」を誰か違う人が歌っていて,それがとてもいいので,じっと耳を澄ませているとBEGINでした。ネットで調べました。BEGINはこの曲をフジテレビのテレビドラマの「天気予報の恋人」の主題歌として歌っていたそうです。知りませんでした。

昭和63年。荒木一郎の「空に星があるように」そして「いとしのマックス」です。


昭和レトロなデザインのレコードジャケット。藤圭子の「命預けます」です。昭和44年,藤圭子は非常に個性的なデビューを「新宿の女」で飾り,「圭子の夢は夜ひらく」で大ヒットしました。幼い頃,旅回りの生活をしていたという背景もあって,不幸の影を演出した部分もありました。

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藤圭子はデビュー後もいろいろと暗い話題があり,渡米。現在は宇多田ヒカルのお母さんとして有名かもしれない。

一曲どうぞ。「京都から博多まで」


日野てる子さんのシングル盤のジャケットです。昭和らしいデザインです。よく見ると定価「¥330」とスタンプみたいなもので表記されています。

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昭和40年にこの「夏の日の想い出」がヒットしました。小学生の私は不思議な印象を受けました。南国の人だという感じですが,沖縄の人なのか,奄美の人なのか分かりませんでした。もしかしたら外国の人かもしれないとも思いました。いつも髪に花を飾っていたからでしょうか。日野てる子さんは昭和20年生まれで,愛媛県出身の方です。
ロッテの小梅ちゃん。素敵なデザインのパッケージだと思います。小梅ちゃんの発売は昭和49年。林静一氏のイラストが採用されたのは昭和57年です。私は林静一氏のイラストが好きです。

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林静一氏は昭和20年生まれ。昭和40年代に,ガロで漫画を描いていた頃のタッチは今とは少し違います。。彼が連載していた「赤色エレジー」はあがた森魚の歌とカップリングして有名です。アニメーションはDVDで発売されているようです。なんと,ナレーションは石橋蓮司です。

あがた森魚のLPは繰り返し繰り返し聴きました・・。大正の香りのする甘酸っぱい歌でした。「赤色エレジー」・・・今,YOU TUBEで聴いて,涙が流れてきます。

昭和を思い出す「改源」のデザインです。このデザインは,湯飲み茶碗とそれを受ける茶托をイメージしたもので,改源は昔は「お茶でも飲める風邪薬」をキャッチとして販売しており,はっきりとした経緯は不明ですが、お茶でも飲めるという意味をこめて湯飲み茶碗にしたものと推測されます。これは,株式会社カイゲンにお尋ねして教えていただきました。

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現在の用法には
「茶湯または湯水で服用してください」とあります。

改源の発売は大正13年。昭和40年には長崎出身の作詞家,藤浦洸を起用してテレビ宣伝を開始。昨年はたしか,デーモン小暮を起用していたはずです。藤浦洸さんといえば NHKの「私の秘密」で回答者として活躍されていたのを覚えています。正直な人だなと感じました。作品としては「別れのブルース」「チャイナ・タンゴ」「水色のワルツ」「河童ブギ」「悲しき口笛」「私は街の子」「東京キッド」「りんご園の少女」などが有名です。

淡谷のり子さんの「別れのブルース」では,「BLUES」についての発音が「ブルース」であるのか「ブルーズ」であるのかが話題となることがあります。初期には「ブルーズ」と歌っていたようですね。

昭和レトロを感じさせる写真ではあります。衣装のデザインなども昭和らしいですね。この写真,「倍賞千恵子とファイブダンサーズ」の昭和38年の写真です。と言ってもファイブダンサーズについて私は詳しくは知りません。ただただ,倍賞千恵子さんの若き日の写真に驚いたのです。

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倍賞千恵子さんは昭和32年に松竹音楽舞踏学校に入学し,首席で卒業。松竹歌劇団(SKD)に入団。その後,松竹映画に出演することになる。「下町の太陽」(昭和38年)は彼女の代名詞と言ってもいいのではないでしょうか。しかし昭和30年代生まれの私には「男はつらいよ」での「さくら」としての彼女が印象に強く残っているのは仕方ないところです。

「さよならはダンスの後に」(昭和40年)で,優しい歌声も聞かせてくれました。

何も言わないでちょうだい
黙ってただ踊りましょ
だって,さよならは辛い
ダンスの後にしてね

未だに歌詞を少し覚えています。

「下町の太陽」も素晴らしくいい歌です。名曲だと思います。
   作詞 横井 弘  作曲 江口浩二



「おはなはんの歌」(昭和41年)も倍賞さんです。毎朝この曲を背中で聴きながら,学校に出かけていたことをよく覚えています。「おはなはん」の樫山文枝さんは可愛かったですね。ちょうど漫画の「はいからさんが通る」のような着物と髪でした。おはなはんの夫役が高橋幸治さん。長男役は津川雅彦さんです。蜷川幸雄さんが役者として出演されています。

紅白歌合戦で倍賞さんが出場されていて,審査員に樫山文枝さんがいらっしゃる映像があります。司会はペギー葉山さんですね。



朝ドラのCDがでてます。

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  • dandan
  • 昭和30年代生
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  • 犬は「チコ」

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