映画の最近のブログ記事

「下町の太陽」の昭和38年の紅白で歌う倍賞千恵子さんです。
映画「下町の太陽」は昭和38年に松竹で制作された。
東京都墨田区の資生堂の石鹸工場とその周辺が舞台になっているそうです。



監督は山田洋次さん。山田洋次監督の作品にはいつも倍賞千恵子さんが出てくる印象がある。やはり、寅さんの印象が強いのでしょうね。倍賞さんの声の美しさと、映像の懐かしさに何度も再生してしまいます。

原発問題で色々と情報が錯綜していますが、原発がなくても電力は足りていると思いますね。足りていなかったら、節約するだけのことです。何の問題もない。この映像を見ているとそういう思いを強くします。


昭和45年のコンサイス英和辞典。宇宙戦艦ヤマトのシールが貼られている。あの頃、コンサイスの辞書は私たちの中で非常に信頼性が高かった。内容だけでなく紙質にも定評があり、単語を覚えたページは食べてしまう、とか、煙草の葉を巻いて一番旨いのはコンサイスだ、とか。

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バイト先で知り合った女の子と一緒に見に行った宇宙戦艦ヤマト。私はスーパーのレジで袋詰めのアルバイトをしていた。袋詰め・・・今の方にはわからないかも知れない。あの頃はお客さんがかごに入れてきた商品をレジで紙の袋にきちんと詰めてお渡しした。だから、特に夕方などは、レジには二人の店員が必要だった。

学生時代、私はほとんどノートを持たなかった。教科書は学校に置いてあって、その教科書の空欄にノートをとった。だから、私の教科書には白い隙間がなかった。このコンサイス英和辞典は6年間使い続けたものだが、単語を赤く囲んだマークは無数にあるものの、書き込みはあまり多くない。それでも、いくつか見つけた。

vacancy
一期は夢よ ただ狂へ
I need you
fairylike lady


いろいろなことを思い出す五月晴れ。

昭和42年の星由里子さんです。自転車のデザインがいいですね。ロッドブレーキに両足スタンドなのに小さめのかごがおしゃれです。

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星由里子さんは子どもたちにも憧れの女性でした。加山雄三の若大将シリーズに「澄ちゃん」役で出演していたからです。まさにマドンナでした。モスラ対ゴジラにも出てました。

脚本家の花登筺氏と結婚歴があるが死別。花登筺氏の作品は濃厚でした。番頭はんと丁稚どん、細うで繁盛記、どてらい男、あかんたれ・・。もう一度見てみたい番組ばかりだ。

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昭和レトロを感じさせる写真ではあります。衣装のデザインなども昭和らしいですね。この写真,「倍賞千恵子とファイブダンサーズ」の昭和38年の写真です。と言ってもファイブダンサーズについて私は詳しくは知りません。ただただ,倍賞千恵子さんの若き日の写真に驚いたのです。

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倍賞千恵子さんは昭和32年に松竹音楽舞踏学校に入学し,首席で卒業。松竹歌劇団(SKD)に入団。その後,松竹映画に出演することになる。「下町の太陽」(昭和38年)は彼女の代名詞と言ってもいいのではないでしょうか。しかし昭和30年代生まれの私には「男はつらいよ」での「さくら」としての彼女が印象に強く残っているのは仕方ないところです。

「さよならはダンスの後に」(昭和40年)で,優しい歌声も聞かせてくれました。

何も言わないでちょうだい
黙ってただ踊りましょ
だって,さよならは辛い
ダンスの後にしてね

未だに歌詞を少し覚えています。

「下町の太陽」も素晴らしくいい歌です。名曲だと思います。
   作詞 横井 弘  作曲 江口浩二



「おはなはんの歌」(昭和41年)も倍賞さんです。毎朝この曲を背中で聴きながら,学校に出かけていたことをよく覚えています。「おはなはん」の樫山文枝さんは可愛かったですね。ちょうど漫画の「はいからさんが通る」のような着物と髪でした。おはなはんの夫役が高橋幸治さん。長男役は津川雅彦さんです。蜷川幸雄さんが役者として出演されていました。


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