テレビの最近のブログ記事

   シャボン玉ホリデーが始まったのは昭和36年。日本テレビで日曜日の午後6時半から30分間放送された。シャボン玉ホリデーと言えば、クレージーキャッツとザ・ピーナッツである。この放送は当初からカラー放送だったらしい。だが当然のごとく、うちにカラーテレビなどあるはずもなく、記憶は白黒放送で残っている。スポンサーは牛乳石鹸。この番組が強く潜在意識に残っているわたしは今でも牛乳石鹸を使っているから、TVCMの影響力というのは相当なものだと感心する。

   まだ子どもだった私は、なぜか、このシャボン玉ホリデーのエンディングをいつも楽しみにしていた。ピーナッツに肘鉄を食らうハナ肇さんの顔を学校でよく真似をしたものだ。YouTubeで探すと、不思議な動画を見つけた。3分45秒あたりからエンディングが収録されている。永久保存したい。

ザ・ピーナッツの「ふりむかないで」
昭和を激しく思いだす。



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「これが青春だ」昭和41年から放送された青春ドラマ。日曜日の午後8時から日本テレビで放送されていた。小学生だった私にはのめり込んでしまうドラマだった。白黒放送だった記憶がある。

主演は竜雷太さん。竜雷太さんは当時まだ無名の新人。この後、有名になり、太陽にほえろののゴリさんになり、SPECの野々村光太郎係長となる。ゴリさんはいい役者になりましたねぇ。

主題歌は布施明さん。いいです。



布施明さんがあのオリビア・ハッセーと結婚したときは驚きました。昭和55年のことです。オリビア・ハッセーは映画「ロミオとジュリエット」で当時の男の子の永遠のあこがれとまでなった女優さんです。

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「君は薔薇より美しい」は昭和54年の作品。この翌年二人は結婚するのです。近年の布施さんもいいですね。



(しばらく、You Tubeのお世話になります)

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宇宙流武宮正樹

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障子に襖。炬燵に蜜柑。テレビのデザインと室内アンテナが昭和である。

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よく見ると、炬燵の上にはカステラもある。

実はこの写真、昭和43年の武宮正樹九段の家族との写真である。武宮九段は囲碁界の人。宇宙流で名を馳せた。その碁風は私たちの常識を180度覆すもので、テレビで観戦していてとても愉しかった。昭和何年だったろう、私は囲碁戦の解説会場に出かけていき、「次の一手」を当てて、優勝した武宮九段から商品をもらったことがある。懐かしい思い出だ。

この写真の武宮九段は17歳。この8年後に本因坊となる。

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マツダ真空管付

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昭和28年のレトロなデザインの広告。東芝のテレビの広告です。

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こうして見ると、17吋が一番大きいのですね。少し不思議なのが「マツダ真空管付」の部分。これは、交換用の真空管が最初から付属しているという意味でしょうか。真空管がそれほど切れやすいものだったのでしょうか。昭和30年代生まれの私には分かりません。

今や、37吋以上のテレビが主流になりつつある時代になりました。エコポイントを使うと、とても安くなるそうで、地デジ開始を見据えて売れ行きを伸ばしているようです。うちは未だにブラウン管テレビですが。

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昭和42年の星由里子さんです。自転車のデザインがいいですね。ロッドブレーキに両足スタンドなのに小さめのかごがおしゃれです。

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星由里子さんは子どもたちにも憧れの女性でした。加山雄三の若大将シリーズに「澄ちゃん」役で出演していたからです。まさにマドンナでした。モスラ対ゴジラにも出てました。

脚本家の花登筺氏と結婚歴があるが死別。花登筺氏の作品は濃厚でした。番頭はんと丁稚どん、細うで繁盛記、どてらい男、あかんたれ・・。もう一度見てみたい番組ばかりだ。

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「できるかな」のノッポさんとゴン太くん。「できるかな」の元になった番組は昭和42年に始まった「なにしてあそぼう」。私たちが鮮明に覚えているのはこちらの番組である。この「なにしてあそぼう」の時のノッポさんの相手はゴン太くんではなかった。昭和45年「なにしてあそぼう」は終了したが、昭和46年からノッポさんとゴン太くんが登場した「できるかな」が始まることになる。

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ノッポさんの本名は高見映さん。NHKの「三匹の子豚」のオオカミを演じていたのは、高見映さんと高橋悦史さんというから驚きです。

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快獣ブースカ

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昭和41年から日本テレビ系で放送された快獣ブースカのフォトフレームです。好物のラーメンを持っているところがいいですね。向こう側にはチャメゴンがいます。

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ブースカの特徴は、WEBで調べると、いろいろと書かれています。
心優しくて、ナイーブ。百トン力。飛行能力。ラーメンが好物で30杯は食べられる。10キロ先の音も聞こえる。亀が苦手。云々。

あの頃、白黒テレビで見た快獣ブースカ。シオシオのパー。

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先日NHKで,ザ・ヒット・パレード「ショウと私を愛した夫」というミュージカルを放送していて,思わず見入ってしまった次第。昭和30年〜40年代の物語。原田泰造と戸田恵子がナベプロの社長と奥さんという配役でした。ザ・ピーナッツ役が瀬戸カトリーヌと池田有希子。思わず途中から録画して2回見てしまった。
ザ・ピーナッツはいい歌をたくさん歌いました。それにしてもどうしてもハナ肇さんを思い出してしまいます。あのシャボン玉ホリデーのラストのコーナーでピーナッツの二人に肘鉄を食らうハナさんを・・。バックにはスターダストが流れ,昭和の日曜日の夜は過ぎていきました。

昭和のものではありません。何年か前に作られた鉄腕アトムのカンバッジです。

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明治製菓で全部で20種類作られたそうです。20種類全部持っているのがなんとも嬉しいです。ですが,もったいなくて袋を開けられません・・・。袋を開けるには,あと20種類手に入れるしかないと思います。

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サンダーバード2号。頼もしいデザインは,2号の多機能性を表しているかのようです。この模型は先日行われた「ゑびす昭和横丁」で土佐模型クラブの方の作品として展示されていました。

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サンダーバードはもともとはイギリスで作られた人形劇。日本では,昭和41年にNHKで放送され始めました。NHKで放送されたサンダーバードは一時間番組を2回に分けて放送していたのではなかったかと思います。国際救助隊が事故現場に駆けつけ,手に汗握る場面で「つづく」なんていうことがよくありましたから。

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昭和を思い出す「改源」のデザインです。このデザインは,湯飲み茶碗とそれを受ける茶托をイメージしたもので,改源は昔は「お茶でも飲める風邪薬」をキャッチとして販売しており,はっきりとした経緯は不明ですが、お茶でも飲めるという意味をこめて湯飲み茶碗にしたものと推測されます。これは,株式会社カイゲンにお尋ねして教えていただきました。

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現在の用法には
「茶湯または湯水で服用してください」とあります。

改源の発売は大正13年。昭和40年には長崎出身の作詞家,藤浦洸を起用してテレビ宣伝を開始。昨年はたしか,デーモン小暮を起用していたはずです。藤浦洸さんといえば NHKの「私の秘密」で回答者として活躍されていたのを覚えています。正直な人だなと感じました。作品としては「別れのブルース」「チャイナ・タンゴ」「水色のワルツ」「河童ブギ」「悲しき口笛」「私は街の子」「東京キッド」「りんご園の少女」などが有名です。

淡谷のり子さんの「別れのブルース」では,「BLUES」についての発音が「ブルース」であるのか「ブルーズ」であるのかが話題となることがあります。初期には「ブルーズ」と歌っていたようですね。

ウルトラマンシリーズに出てきたでしょうか。両脇のゼットンは知っています。昭和レトロ・・ではないですよね。円谷プロのデザインではあります。真ん中はだれでしょう。知らないのです。m(_ _)m

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ウルトラマンは昭和41年からテレビ放送されていましたが,私は本当にウルトラ系の記憶が薄い。スペシウム光線とバルタン星人と毒蝮三太夫・・・。

鉄腕アトムが「少年」に連載され始めたのは昭和27年です。その姿はレトロなどとは縁遠く,今でも生き生きとしたデザインです。これはすごいことだと思います。

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アトムがテレビに登場したのは昭和38年のこと。ほんとに一生懸命見ました。アトムの生みの親は天馬博士です。息子の飛雄(トビオ)が交通事故で死んでしまったのを悲しんで,飛雄に似せたロボットを作ります。ロボットの名前はトビオです。その後,人間とは違い,成長しないトビオはサーカスに売られ,「アトム」と呼ばれます。そして,お茶の水博士に引き取られ,色々な物語が展開していくことになります。

ところで少年漫画雑誌「少年」は思い出深いです。江戸川乱歩の「怪人二十面相」が連載されていました。明智小五郎,小林少年・・なんだか書いているだけでドキドキします。月刊誌を買うお金はありませんでした。あの頃は,図書館で読みふけりました。「ぼくら」「冒険王」なども月刊誌でしたね。

昭和レトロを感じさせる写真ではあります。衣装のデザインなども昭和らしいですね。この写真,「倍賞千恵子とファイブダンサーズ」の昭和38年の写真です。と言ってもファイブダンサーズについて私は詳しくは知りません。ただただ,倍賞千恵子さんの若き日の写真に驚いたのです。

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倍賞千恵子さんは昭和32年に松竹音楽舞踏学校に入学し,首席で卒業。松竹歌劇団(SKD)に入団。その後,松竹映画に出演することになる。「下町の太陽」(昭和38年)は彼女の代名詞と言ってもいいのではないでしょうか。しかし昭和30年代生まれの私には「男はつらいよ」での「さくら」としての彼女が印象に強く残っているのは仕方ないところです。

「さよならはダンスの後に」(昭和40年)で,優しい歌声も聞かせてくれました。

何も言わないでちょうだい
黙ってただ踊りましょ
だって,さよならは辛い
ダンスの後にしてね

未だに歌詞を少し覚えています。

「下町の太陽」も素晴らしくいい歌です。名曲だと思います。
   作詞 横井 弘  作曲 江口浩二



「おはなはんの歌」(昭和41年)も倍賞さんです。毎朝この曲を背中で聴きながら,学校に出かけていたことをよく覚えています。「おはなはん」の樫山文枝さんは可愛かったですね。ちょうど漫画の「はいからさんが通る」のような着物と髪でした。おはなはんの夫役が高橋幸治さん。長男役は津川雅彦さんです。蜷川幸雄さんが役者として出演されていました。


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