コレクションの最近のブログ記事
昭和を思い出すコカコーラの瓶。復刻版デザインで、「コカコーラナショナルビバレッジ」の記載がある。現在の販売者は「コカ・コーラ カスタマーマーケティング」である。

あの頃、液体は須らく瓶で売られていた。お酒や、醤油も瓶。販売するときには瓶の料金が含まれていた。だから、コーラの瓶を返しに行くと、10円が貰えた。あの頃の子どもにとって10円は貴重だった。
一日の小遣いが10円を超えることはなかった。瓶が道や公園などに捨てられていることは全く稀なことだったけれど、その千載一遇のチャンスにめぐり合えたときは嬉しかった。瓶を持って酒屋さんまで走った。そして、駄菓子屋さんのおばさんからメンコを買い、親の裁縫鋏で切り取った。
風邪で学校を休んだときは、加奈代ちゃんが給食のコッペパンを届けてくれた小学校の頃の思い出。
あの頃、液体は須らく瓶で売られていた。お酒や、醤油も瓶。販売するときには瓶の料金が含まれていた。だから、コーラの瓶を返しに行くと、10円が貰えた。あの頃の子どもにとって10円は貴重だった。
一日の小遣いが10円を超えることはなかった。瓶が道や公園などに捨てられていることは全く稀なことだったけれど、その千載一遇のチャンスにめぐり合えたときは嬉しかった。瓶を持って酒屋さんまで走った。そして、駄菓子屋さんのおばさんからメンコを買い、親の裁縫鋏で切り取った。
風邪で学校を休んだときは、加奈代ちゃんが給食のコッペパンを届けてくれた小学校の頃の思い出。
昭和を思い出させるデザインのコカコーラの190ml瓶。今でも、売られています。
コーラとは、コーラ・ナッツのエキスを用いて作られているから。コカとはコカの葉のこと。もちろん、現在のコカコーラにはコカの成分は入っていない。
コカコーラについては、昭和30年代に色々なことが言われた。コールタールが入っているだとか、コカインが入っているから中毒になるだとか。コーラを飲むと歯が溶ける。そして、瓶の底の横側にくぼんだ部分の形によって、四角は辛口で、丸は甘口だとか。まあ、コーラの色を見て、飲み物であるという認識ができなかった当時の日本人としては、色々な噂話をまことしやかに語るには絶好の対象だっただろうと思う。
あの頃、喫茶店に行けば、コーラに輪切りのレモンを添えたものがメニューにあったのだが、今でもあるのだろうか。
晴れた日の午後に自転車で買い物に出かけ、汗を少しかいたから飲んだスワンのサイダー。ラベルのデザインが昭和のままのようです。
昭和30年代、家にサイダーなんてありませんでした。冷蔵庫がなかったので、氷もない。そんな中でも懐かしいのは「渡辺のジュースの素」です。ガラスのコップにジュースの素を入れ、水道の水を注ぎ、お箸でかき回してできあがり。少しでも冷たく飲むこつは、水道水をしばらく出しっぱなしにしてから、コップに入れることでした。
昭和のダンヒルのライターです。頑固に変わらないデザインです。あの頃ダンヒル、カルチェ、デュポンは憧れのライターでした。アルフレッド・ダンヒルは1893年にロンドンで設立されたメンズ・ブランド。

まだ喫茶店でもらうマッチが貴重だった時代。少し背の低いマスターが一人、カウンターの向こう側で、黙ってグラスを磨いているような小さなカウンターバーがあった。私はまだ未成年だったけれど、ジンライムを好んで頼んだ。そんなカウンターバーで時々会うおじさんがいた。話などほとんどしたこともなかったけれど、おじさんはいつも私に一杯のジンライムを奢ってくれた。自分はスコッチをロックで飲み、背広の内ポケットから煙草を取り出し、カルチェのライターでシュッと火をつける。そしてライターを閉じると、甲高い澄んだ音が小さな店に響いた。いい音だった。
まだ喫茶店でもらうマッチが貴重だった時代。少し背の低いマスターが一人、カウンターの向こう側で、黙ってグラスを磨いているような小さなカウンターバーがあった。私はまだ未成年だったけれど、ジンライムを好んで頼んだ。そんなカウンターバーで時々会うおじさんがいた。話などほとんどしたこともなかったけれど、おじさんはいつも私に一杯のジンライムを奢ってくれた。自分はスコッチをロックで飲み、背広の内ポケットから煙草を取り出し、カルチェのライターでシュッと火をつける。そしてライターを閉じると、甲高い澄んだ音が小さな店に響いた。いい音だった。
昭和28年発行開始の百円札。デザインも色合いも板垣退助もレトロです。大きさは当時の千円札より一回り小さくて76×148mmです。
板垣退助は土佐の人。坂本龍馬,中岡慎太郎らと同じ時代を生きた武士であるが,龍馬などの郷士とはちがい,身分は上の武士であった。
明治維新後,岐阜で遊説中に襲われて負傷したときに「板垣死すとも自由は死せず」と言ったことは有名。私たちから見ると,土佐の「いごっそう」。「子孫に美田を残さず」と言って華族制度を批判したことにもその一面が現れていると思います。その他のエピソードとしては,ウナギと梅干しを一度に食べて,俗説を排し,稲荷神社のお守りを厠へ捨てて,罰が当たらないことを証明したり,まさしく「いごっそう」です。高知城登り口に銅像が建てられています。
昭和レトロなデザインの「味の素」の缶です。以前「味の素とハイミーの違い」で紹介した缶よりは新しいものだと思います。
料理をするときに振りかけたのはもちろんのこと,私は冷ややっこに振りかけたりもしていました。冷ややっこに味の素を振って,生姜とネギを載せ,小豆島の醤油をかけて,いただきます。
サンダーバード2号。頼もしいデザインは,2号の多機能性を表しているかのようです。この模型は先日行われた「ゑびす昭和横丁」で土佐模型クラブの方の作品として展示されていました。
サンダーバードはもともとはイギリスで作られた人形劇。日本では,昭和41年にNHKで放送され始めました。NHKで放送されたサンダーバードは一時間番組を2回に分けて放送していたのではなかったかと思います。国際救助隊が事故現場に駆けつけ,手に汗握る場面で「つづく」なんていうことがよくありましたから。
土佐山田町のゑびす商店街で「ゑびす昭和横丁」という催しが行われているとのことで,レトロを探しに出かけてきました。少しヤレていますが,昭和のデザインのナショナル炊飯器です。
この催しでは,昭和の時代の給食とライスカレーが食べられるということで期待していたのですが,「売り切れです」と言われてしまいました。Oh my God!ですよ。目玉商品が売り切れでは駄目だと思います。
町の活性化を図るために昭和をテーマに持ってくるのはいいことだと思いますが,それなりのプランニングをして,商店街全体で統一したコンセプトを持ち,細かい部分まで詰めてお客さんを迎えないと,PRのつもりが逆効果になってしまいます。
帰りに日曜市の「ふく福堂」さんに寄って,
柿をもらい,
少し気持ちが秋めいた日でした。
