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ケロちゃん

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ロルゲンコーワの指人形ができたのは昭和33年。昭和30年代に指人形に名前はなかったように思う。指人形の口の部分をナイフで切り、指に嵌めて喋らせた思い出しかない。ケロちゃんとコロちゃんが命名されたのは昭和52年のことらしい。写真は睫毛が長いので女の子のケロちゃん。男の子はコロちゃん。

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あの頃はインフルエンザのことを流感と言った。流行性感冒の略である。冬になれば鼻をたらした子供はたくさんいた。学校に暖房なんて無かった。流感で学級閉鎖になった記憶がない。たまに高い熱を出して家で寝ていると、誰がどう手配したのかは知らないが、午後3時頃にカブのエンジン音が遠くから次第に近づいてきて、お医者さんが注射を手にしてやってきた。あの頃はその注射のことをみんな「熱冷まし」と呼んでいた。


Macintosh SE。昭和61年に発売された。わたしがMacを使い続けているのはそのデザインが好きだからに他ならない。

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スティーブ・ジョブズは、まだパソコンがMS-DOSで動いていた時代に、わたしのような素人にもキーボードとマウスだけで動くパソコンを提供してくれた。それだけで感謝である。哀悼の意を込めて彼の言葉を一つ引用させていただく。

「海軍に入るくらいなら海賊になったほうがいい」

深い言葉だ。



静かなちゃぶ台

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昭和20〜30年頃のちゃぶ台。デザインと色がおしゃれすぎるかも知れない。

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言葉を失いそうな五月の風。
想いだけを含んだ庭のバラが咲く。

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ミッフィーの誕生日は6月20日。昭和30年に生まれてから55周年を迎える。オランダ語では「ナインチェ・ブラウス」。福音館書店の本では「うさこちゃん」英語版で「ミッフィー」と名付けられた。ミッフィーのデザインには変遷があるが、どれもミッフィーである。

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岡山限定のミッフィー。桃を持っています。たまりません。日本には色々なキャラクターが存在するけれど、何故こんなにミッフィーに愛情がわくのでしょうか。

誤解されるでしょうが、怖れずに言うと、ミッフィーは私自身であり、あなた自身であるからだと思っています。

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郵便受け

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昭和の時代の郵便受け。レトロなデザインであるとともに、「世帯主」というプリントが最初から入っているのが昭和である。

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3月10日に桜が咲いた。昭和の時代は町内でお花見に出かけた記憶がある。普段は怖い近所のおじさんが真っ赤な顔をして満開の桜の下で踊っていた。しかめっ面をして鞄を提げて出勤するおじさんと、喝采を浴びて踊り続けるおじさん、どっちが本当のおじさんなんだか判らなくなった昭和。おじさんは間違いなく「世帯主」ではあったのだけれど。

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昭和のものかどうか忘れてしまったが、山藤章二さんデザインの立川談志のストラップ。

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立川談志は私が生まれる前から落語家である。小さん師匠と喧嘩別れをして、立川流を創設。天才であるが故に、自分を見る目も大変厳しく、自問自答の人生を送っているのではないかと感じる。語り出したらきりがなく、語れないのが立川談志だと思う。私のお気に入りは、昭和50年の「木乃伊取り」

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昭和のダンヒルのライターです。頑固に変わらないデザインです。あの頃ダンヒル、カルチェ、デュポンは憧れのライターでした。アルフレッド・ダンヒルは1893年にロンドンで設立されたメンズ・ブランド。

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まだ喫茶店でもらうマッチが貴重だった時代。少し背の低いマスターが一人、カウンターの向こう側で、黙ってグラスを磨いているような小さなカウンターバーがあった。私はまだ未成年だったけれど、ジンライムを好んで頼んだ。そんなカウンターバーで時々会うおじさんがいた。話などほとんどしたこともなかったけれど、おじさんはいつも私に一杯のジンライムを奢ってくれた。自分はスコッチをロックで飲み、背広の内ポケットから煙草を取り出し、カルチェのライターでシュッと火をつける。そしてライターを閉じると、甲高い澄んだ音が小さな店に響いた。いい音だった。

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昭和30年の50円玉。懐かしいデザインです。日常で50円玉を握ったことがなかったあのころ。大枚50円です。

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昭和30年。高松と宇野を結ぶ国鉄・連絡船「紫雲丸」が沈没し乗客781人の内168人が亡くなりました。痛ましいことです。

宇高連絡船は私も何度も乗りました。とにかく土佐から本州に出て行くには,この連絡船を使うか,大阪行きのアェリーを使うかでした。宇高連絡船のデッキで食べる讃岐うどんは美味しかった。出港するとすぐに行列が出来たものです。もう遠い昔のことです。今では,瀬戸大橋など本州四国連絡橋が完成し,瀬戸内海の穏やかな波を眺め続けることもない。

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知人から頂いた切手帳。昭和40年代が思い出されます。頂いたのはいいですが,本当にこんなものもらってしまっていいものでしょうか・・。

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あの頃,小学校の友達で切手を集めている子どもは少なくなかったです。少年マガジンなどには「ケネディスタンプクラブ」の広告が載っていて,私は小遣いを貯めて入会しました。バッジと一緒に海外の切手がたくさん送られてきたことを憶えています。

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昭和28年発行開始の百円札。デザインも色合いも板垣退助もレトロです。大きさは当時の千円札より一回り小さくて76×148mmです。

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板垣退助は土佐の人。坂本龍馬,中岡慎太郎らと同じ時代を生きた武士であるが,龍馬などの郷士とはちがい,身分は上の武士であった。

明治維新後,岐阜で遊説中に襲われて負傷したときに「板垣死すとも自由は死せず」と言ったことは有名。私たちから見ると,土佐の「いごっそう」。「子孫に美田を残さず」と言って華族制度を批判したことにもその一面が現れていると思います。その他のエピソードとしては,ウナギと梅干しを一度に食べて,俗説を排し,稲荷神社のお守りを厠へ捨てて,罰が当たらないことを証明したり,まさしく「いごっそう」です。高知城登り口に銅像が建てられています。

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昭和43年の切手でしょうか。かわいいデザインの郵便番号PRのための15円切手です。

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郵便番号の制度が開始されたのが昭和43年です。当時は3桁もしくは5桁の番号でした。今のように7桁になったのは1998年,平成になってからです。あの頃,郵便番号の必要性など感じなかった。郵便番号を書かなければ届かないわけでもないので,みんな書かなかったですね。

昭和43年。あの三億円事件が起きた年でした。

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昭和30年の50円玉です。なんとも暖かいデザインだと思います。

私たちが持ったことのない50円玉。駄菓子屋では10円玉一つあれば十分でした。2個で1円という飴玉も珍しくなかったですね。だから「50銭」という言葉も日常でした。

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昭和のものではありません。何年か前に作られた鉄腕アトムのカンバッジです。

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明治製菓で全部で20種類作られたそうです。20種類全部持っているのがなんとも嬉しいです。ですが,もったいなくて袋を開けられません・・・。袋を開けるには,あと20種類手に入れるしかないと思います。

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いいデザインでとても綺麗な色です。とても小さな壺です。昭和のものではないかもしれませんが,何かを思い出させる色です。綺麗なものには力があります。それだけで少し幸せになります。

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土佐山田町の日曜市に骨董屋さんがあります。そこで買ってきました。「ふく福堂」さんです。土佐山田町の駅を南へ少し歩くと道の両側が市になっています。「ふく福堂」さんは左手にあります。隣の古道具屋さんのカンナが欲しかったけれど,今度まで我慢することにしました。

少しOLDなデザインのボタン。右足に平和の象徴のオリーブの枝。左足に闘争を表す矢。この鷲は古代ローマ共和制のシンボル。これはアメリカの国鳥,白頭鷲でしょうね。昭和の頃に着ていたブレザーから外して持っているボタンです。

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昭和40年代にはtraditional styleが流行りました。おもにアメリカ東部の伝統的スタイル。トラッド。しかし,ブリティッシュトラディショナルというのもある。このあたりがよく分からない。ニュートラディショナルというのもありました。ニュートラですね。

昭和40年後半,少しお洒落なジャズ喫茶に逃げ込む真夏日には,ロングピースに火をつけ,レモネードを注文し,MEN'S CLUBを読んでいたこともありました。なんだか,アートペッパーを聴きたくなりました。

追記
このボタンをじっと見ていると,右足につかんでいるのも矢であるような気がします。ネットで色々と調べましたが,納得できる情報には巡り合っていません・・。

恩賜の煙草

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恩賜の煙草です。20年近く前のものです。菊のご紋のデザインが重いです。味は辛口でニコチン・タールともにかなりきついです。純国産の煙草で,あまり香料が入っている感じはしません。プレーンで剛健な味です。

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実は・・・天皇陛下にいただいたものです。わたし,少しだけお話をしたことがあります・・・。皇宮警察の白バイの綺麗さにも驚きました。いじょう。

昭和40年代初めでしょうか。キリンビールのレトロな灰皿です。懐かしいデザインです。ビールと言えばキリンビールだった時代です。

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お使いに行かされたのは,小学生の頃。夕方になって,母親が一升瓶の中の日本酒の残りが少なくなっているのに気付いたとき。いつも五合瓶を買いに行かされました。

踏み切りを渡り,小さな路地を抜けたところに酒屋がありました。小さな酒屋には木でできたカウンターがあって,まだ外は明るいというのに,いつも一人か二人のおじさんが,小皿の上の透明のグラスになみなみと注がれたお酒を,こぼれないように気をつけながらすすっていました。そのカウンターの上に置かれていたのがこの灰皿です。

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私は二級の五合瓶を両腕で抱えるようにして,来た道を戻ります。恐れたのは,途中で知らない犬に会うことです。あの頃は野良犬がまだたくさんいました。犬に噛まれることなど珍しくありませんでした。私は五合瓶を抱えたままでは野良犬から逃げきれないと思っていました。さらに顔見知りの野良犬の中にもたいそう性格の悪い奴が何匹がいました。そいつに会うと,私は知らぬふりをしてきびすを返し,遠回りして帰らなければなりませんでした。お使いに行かされて,二回のうち一回は遠回りしなければならなかった帰り道です。
昭和初期のものでしょうか。先日ある骨董収集家の方からアンティークなデザインの小皿を撮影させていただきました。お皿そのものが中国のものか日本のものかはよく知りませんが,おめでたい図柄です。松竹梅に鶴が飛んでいます。

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松竹梅の由来は
松 冬でも青く,寿命が長い
竹 冬でも青く,雪にも折れない
梅 冬の雪の中でも花が咲く

鶴については中国の故事からきています。鶴は千年ですね。

ちなみに七福神は仏教や道教に由来し,中国やインドの神様とされているけれど,唯一恵比寿さんだけが日本の神道からきています。

ところで,ネットには色々な方がいます。
面白い記事を見つけました。
鶴は千年亀は万年の由来についてですが,

鶴は千年灸 亀は万年床
長生きしても元気でなくては意味がないということ

と,ユニークな説をあげられている方がいます。これはこれですごいです。
小学校の頃にあるお店で買ったであろう切手です。昭和のデザインだと思います。この切手は40年近く私の切手帳で眠っていたのです。

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祖父の刻みタバコはたしか「ききょう」だったと思います。それを買いに行くのはほとんど私の仕事でした。当時でも,刻みタバコをおいてある店はそんなには多くなく,少し遠くのたばこ屋さんまで自転車をこいで買いに行きました。

古い家の一角を改造してたばこ屋をしているそのお店は切手も販売していました。時々,記念切手などが残っていると,白髪の綺麗なおばさんがそれを見せてくれます。気に入ったものがあると,それを取り置いてもらっておき,数日の小遣いを貯めて,受け取りに行きました。もちろん一枚だけです。

ややもすると,お金持ちの家の子は,発売される記念切手をすべてシートで買い,みんなに見せびらかしていたりしました。信じられなかったですね。切手をシートで買えるなんて・・。切手帳のページをめくるたびにバサッバサツと風を切る音がするのですから。そんな子どもにとっては,この写真の切手なんて多分屑にしか見えなかっただろうと思います。

刻みタバコと一緒に買った切手を汗で濡れたポケットに入れてしまったのか,それとも途中で夕立にでも降られて濡れてしまったのか,どうしてこんなに皺になったのか,今ではもう分かりませんが,私はこの皺だらけの切手が大好きです。


昭和30年代か40年代の初めでしょうか。昭和レトロなデザインの精工舎の目覚まし時計です。もちろん手巻きです。見ていて気持ちがいいです。心に堆積した正体の分からない残滓が流れていくような気がします。設定した時刻が来るとベルが鳴ります。金属の音だけがします。昭和の金属の音だけが。

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この時計は,いの町の「こんぺいとう」というお店で買ってきました。お安くしていただきました。昭和のものが色々あって愉しいお店です。店内を撮影させていただきました。買いたいものがたくさんありましたが,また今度行ったときのお楽しみにしておきました。

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ミッフィーは昭和30年生まれ。レトロでもないし,デザインを語る必要もないですね。今日,「ディックブルーナに学ぶモダンアートの楽しみ方」という展覧会を見に美術館に行ってきました。

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ディックブルーナは1927年オランダ生まれ。父親が出版社を経営していたので,アムステルダム国立美術アカデミーに学んだ後、父親の会社の専属デザイナーとして本の表紙のデザインの仕事をしていた。そして,昭和30年に生み出したウサギの「ナインチェ・プラウス」(Nijntje Pluis:蘭)を主人公にした絵本が広く受け入れられた。この「ナインチェ・プラウス」が日本では「うさこちゃん」とか「ミッフィー」と呼ばれるようになったのです。「ミッフィー」は昭和35年にイギリスで英語版が出版されるときに付けられた名前です。福音館書店系の絵本では「うさこちゃん」,講談社系のものでは「ミッフィー」と呼ばれているようです。

ナインチェは小さくて愛らしいウサギ,プラウスはふわふわの意。
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昭和レトロなデザインです。昭和40年代後半の紙袋です。ナショナルの「パナカラー」が懐かしい。「クイントリックス」はステレオ放送のことですね。昭和の時代には「音声多重」と表現していたかもしれません。坊屋三郎さんが外人とやりとりしていたCMが流行りました。

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カラーテレビの本放送は昭和35年に始まりましたが,まだまだ庶民の家にはカラーテレビなどなかった。カラーテレビの普及は,やはり昭和40年代に入ってからのことでした。あの頃,各メーカーはテレビに漢字の名前を付け,カラーに片仮名の名前を付けました。ナショナルの「嵯峨」は「パナカラー」,三菱の「高雄」は「ネオカラー」,サンヨーの「薔薇」は「サンカラー」,東芝の「名門」は「ユニカラー」そして日立の・・・日立のテレビに名前がついていたのを思い出せません。カラーは「キドカラー」,あの九官鳥みたいな「ポンパ」くんを思い出さずにはいられません。

昭和44年発行開始の五百円札。すこーしレトロで,綺麗なデザインだと思います。昭和60年まで製造されていました。

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肖像は岩倉具視。彼について詳しくは知らないけれど,彼の玄孫に加山雄三がいる。つまり上原謙の奥さん,小桜葉子が岩倉具視のひ孫だったということです。

加山雄三の歌はよく聴きました。昭和43年「君といつまでも」が発売されて,昭和44年に友達の家で初めて見たステレオで,何度も何度も繰り返し聴きました。ませた子どもでしたね。先日NHKで見た加山雄三は気合いが入ってました。加山雄三も色々あったけれど,なんていうか,無条件で受け入れてしまう私です。


加山雄三
発売日:2003-08-27
価格
曲目 | 1.海 その愛 | 2.その日海からラプソディ | 3.蒼い星くず | 4.夜空の星 | 5.夜空を仰いで | 6.美しいヴィーナス | 7.お嫁においで | 8.旅立つ君に | 9.ブライト・ホーン | 10.光進丸 | 11.Hello!Pacific | 12.ぼくの妹に | 13.夕映えの恋人 | 14.メドレー:まだ見ぬ恋人~幻のアマリリス~いい娘だから~フィジーにおいで~白い砂の少女~ある日渚に | 15.知床旅情 | 16.見上げてごらん夜の星を | 17.旅人よ | 18.アンチェインド・メロディ | 19.ダニー・ボーイ | 20.好きにならずにいられない | 21.君といつまでも | 22.地球をセーリング | 23.さらばオーシャン | 24.海がそこにあったから | 25.恋は紅いバラ | 26.時を超えて |
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