印刷物の最近のブログ記事

昭和45年のコンサイス英和辞典。宇宙戦艦ヤマトのシールが貼られている。あの頃、コンサイスの辞書は私たちの中で非常に信頼性が高かった。内容だけでなく紙質にも定評があり、単語を覚えたページは食べてしまう、とか、煙草の葉を巻いて一番旨いのはコンサイスだ、とか。

concise.jpg

バイト先で知り合った女の子と一緒に見に行った宇宙戦艦ヤマト。私はスーパーのレジで袋詰めのアルバイトをしていた。袋詰め・・・今の方にはわからないかも知れない。あの頃はお客さんがかごに入れてきた商品をレジで紙の袋にきちんと詰めてお渡しした。だから、特に夕方などは、レジには二人の店員が必要だった。

学生時代、私はほとんどノートを持たなかった。教科書は学校に置いてあって、その教科書の空欄にノートをとった。だから、私の教科書には白い隙間がなかった。このコンサイス英和辞典は6年間使い続けたものだが、単語を赤く囲んだマークは無数にあるものの、書き込みはあまり多くない。それでも、いくつか見つけた。

vacancy
一期は夢よ ただ狂へ
I need you
fairylike lady


いろいろなことを思い出す五月晴れ。

昭和の理容店

| | トラックバック(0)
昭和の雰囲気を醸し出す理容店。窓枠など木製です。テントの三色のデザインがやはり昭和です。

riyouten.jpg

昭和40年代、休日の床屋さんはどこもお客さんで一杯で、一時間待ちは珍しいことではありませんでした。待ち時間は漫画を貪り読みました。少年マガジン、少年サンデー、少年キング、冒険王、少年、少年画報・・。少年マガジンは昭和34年、大関朝汐を表紙として創刊、それならばと、少年サンデーは長嶋茂雄を表紙に持ってきた。これは有名な話。当時の定価は50円。後発の少年キングはそれより少し安かったような記憶がある。まあ、どのみち、漫画を読むのは貸本屋か、床屋であり、買うことなどなかったので価格は関係なかったのだけれど。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ
昭和らしいデザイン。中山太陽堂のクラブ号です。実はこれ、ポストカードです。昭和30年代でしょうか。緑のフレームがきれいな自転車です。

club-go.jpg

クラブ号は現(株)クラブコスメチックス、当時の(株)中山太陽堂の金属部が製造した自転車でした。中山太陽堂は大阪市浪速区の会社で、もともとは化粧品メーカー。明治36年に創業。現在もクラブコスメのホームページがあります。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ

750ライダー

| | トラックバック(0)
昭和50年から週刊少年チャンピオンに連載された「750ライダー」。CB750FOURのデザインが今もって古びない。

750rider.jpg

写真は後に文庫本で再版されたもの。主役の早川光や委員長の久美子、順平や喫茶店ピットインのマスター。登場人物が懐かしい。あの頃のナナハンは憧れでした。しかし、今、CB750FourのK0にまたがると車高が高くて、立ちゴケの危険を感じてしまいます。それでも、その堂々とした体躯と、色あせないデザインには惹かれてしまうのです。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ
昭和の40年代終わりだったでしょうか。「無名仮名人名簿」は週刊文春に連載されていたエッセイです。そのエッセイの題字。いいデザインだと思います。そして懐かしいデザインです。

mumeikanajin.jpg

あの頃、父親が定期購読していた週刊文春の、この向田邦子さんの随筆を読むのが楽しみでした。柔らかい言葉で日常を深く切り取ってゆく向田さんの文章が大好きでした。畳に腹ばいになって、2ページ分の言葉を丁寧に噛みしめながら読んだあの日。

向田さんが飛行機事故で亡くなってから、一切彼女の文章を読むことができなくなっていた私だったけれど、昨日、秋風が吹き始めた深夜の書店で、そっと2冊の文庫本を手に取った。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ
昭和28年の衆議院議員の給料袋。デザインにあれこれ言うつもりはないのですが、現金で給料を受け取る時代でした。

giin-kyuuryou.jpg

昭和28年頃の公務員の初任給は1万円以下だったと思います。衆議院議員の給与は控除前で16万2千円。これは凄い額です。公務員の初任給を8千円とすると、ボーナスを6ヶ月分くらい足しても年収は14万4千円。衆議院議員の月給は一年生公務員の年収を超えています。今はどうなんだろうと調べていると、関西限定で放送されている「たかじんのそこまで言って委員会」で司会を務めている辛妨治郎,さんのコラムを見つけました。なにかが間違ってます。日本。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ
昭和47年。青林堂から出版された「フーテン」。永島慎二先生の作品である。今取り出してきて表紙のデザインを見ても感慨深いものがある。永島先生の本は何冊も持っていたけれど,お金のないときに売ってしまって,今はこの「フーテン」を含めて数冊しか残っていない。

huuten.jpg

昭和47年。私は学生だった。未成年だった。でも,毎晩のようにウィスキーを呷っていた。ベッドの下にはサントリーの「WHITE」の空き瓶が数えきれないくらい転がっていた。呷りながら,なぜか,このフーテンをよく読んでいた。読みながら,色々なことを書き込んでいるページもある。毎日毎日何かを探して止まなかったあの頃。その残滓は今も私の心の底で青白く光っているようだ。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ

魔法瓶って

| | トラックバック(0)
昭和42年の広告写真です。「チャイナー魔法瓶」と「パパポット」。これをレトロなデザインと言っていいものか,迷いますね。日陶産業株式会社の製品です。

mahobin.jpg

魔法瓶なるものが日本に入ってきたのは20世紀初め,1909年とされています。これより5年前の1904年,ドイツのテルモス社が魔法瓶の商品化に成功しています。テルモスはドイツ語読みだと思います。あのTHERMOSです。現在,私はサーモスの携帯マグを2本持っています。

今はステンレスの保温器,保冷器が普通ですが,昭和のころは二重になったガラス瓶でした。ですから,乱暴に扱うと割れることが多々ありました。それにしても,「魔法瓶」というネーミングは何とかならなかったものでしょうか。魔法の瓶ですからねぇ。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ

昭和の繊維壁

| | トラックバック(0)
昭和の繊維壁にひらひらと留められた富山の薬屋の広告。昭和らしいデザインです。

senikabe.jpg

繊維壁は昭和40年代には大流行でした。50年代にはホームセンターでも材料を売っていました。今でもあるかもしれませんね。繊維壁の素材は「パルプ」「ワラ」「紙」「糸」などに「樹脂」を混ぜたものです。月日を経ると,ぼろぼろと剥がれて落ちてきます。うちの壁は崩れます。左官屋さんのページを見つけました。面白いです。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ

昭和のデザインです。歌鬼という,阿久悠さんの作品のトリビュートアルバムのジャケットです。同棲時代という漫画がありましたが,その主人公である今日子を思い出しました。

ga-ki.jpg

同棲時代は上村一夫さんの代表作。昭和47年に漫画アクションに連載されました。あの頃はまだ同棲ということが社会的に認められているとは言い難い時代でした。今日子は私には手の届きそうにもない女性でした。それでも,同棲時代を読みながら,私は,今日子の赤い痛みの中に入ろうとしていました。しかし,理解しようと懸命になると,今日子は突然私を突き放します。今日子は上村一夫さんが生んだ女性であり,私は青い読者だっただけなのに。今日子に会ってみたくなりました。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ


夏草の賦

| | トラックバック(0)
昭和43年,東大阪市の司馬遼太郎さん。何というデザインの自転車だろう。不思議です。

shibaryoutarou.jpg

司馬遼太郎さんは大正12年の生まれ。家は薬局。司馬遷からペンネームをとった。司馬遷に遠く及ばない男という意味らしい。

司馬さんの作品はどれも面白い。司馬さん自身も"小説は面白くなければならない"ことをモットーにされていた。土佐に住む人間としては「龍馬がゆく」を推さなければならないのかもしれないが,私は長宗我部元親を描いた「夏草の賦」が好きです。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ


昭和28年のビオフェルミンの広告。デザインというか,このような広告は今は作られることはないでしょうね。

bioferumin.jpg

ゆっくり読まないといけない広告です。何となく,当時のゆっくり流れる時間を感じる広告です。当時,ビオフェルミンはちょっとした万能薬でした。プラシーボ効果もあったのでしょう。おなかが痛い子どもにはよく効きました。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ
昭和48年初版の漫画。永島慎二氏の「若者たち」です。永島慎二氏の漫画は貸し本屋で読み漁り,時には新刊を買ったこともありました。

wakamonotachi.jpg

永島慎二氏は昭和12年生まれ。多感な頃,私を惹きつけて止まなかった漫画家です。新宿のフーテンの生活などを詩情豊かに描いてくれました。私が高校生の時,学校の先生から,将来何になりたいのかと尋ねられて,即座に「フーテン」と答えたら,先生は何とも言えない表情をして,それ以上何も言いませんでした。ちなみに氏の代表作は「フーテン」だと思います。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ
昭和27年のアサヒグラフに掲載された森永ドライミルクの広告です。

morinaga-milk.jpg

今年は食に関して,異物の混入とか偽装とか色々と問題になった年でした。森永ミルクに関しても哀しい過去が存在しますが,被害者の方々のことを考えると,多くを語る気持ちになれません。ただ,食の安全は生きていく上で一番大事なことです。食品業者や厚生労働省を非難するのは簡単なことですが,被害を受けるのは自分の身体です。自分できちんと判断して自らの安全を図る消費行動をすることが,ひいては真面目に食を提供している農家の方や食品業者の方に対するエールになれば幸いだと思います。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ

5円のはがき

| | トラックバック(0)
5円の法隆寺夢殿はがき。官製はがきが5円だったのは昭和41年7月までです。その後7円に値上がりしました。

goenhagaki.jpg

昭和41年といえばビートルズが来日した年。まだ子どもだった私にとって,ビートルズはカルチャーショックでした。「ラヴ・ミー・ドゥ」を歌う4人の長髪の男達。そして数年後,私も髪を切らなくなりました・・。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ
昭和49年の歌本です。昭和らしいデザインの文庫本。ぱらぱらとページをめくっていると「いとしのマックス」に目が止まりました。荒木一郎のヒット曲です。

hitkyoku-hon.jpg

先日,車を運転しながらラジオを聴いていると,荒木一郎の「空に星があるように」を誰か違う人が歌っていて,それがとてもいいので,じっと耳を澄ませているとBEGINでした。ネットで調べました。BEGINはこの曲をフジテレビのテレビドラマの「天気予報の恋人」の主題歌として歌っていたそうです。知りませんでした。

昭和63年。荒木一郎の「空に星があるように」そして「いとしのマックス」です。


昭和27年の広告です。この頃にしてはデザインに気を使っていると思います。商品を半分だけしか見せていないですから。日新化学工業の「エメリン錠」。

emerin.jpg

効能が凄いです。赤痢・疫痢・腸炎等。赤痢に罹ってこの薬を飲むのでしょうか・・。

にほんブログ村 インテリアブログ アンティーク・レトロインテリアへ
メガネ肝油の広告です。いかにも昭和の広告です。雑誌の広告ですが,会社名が存在しません。そのレトロなデザインはどこか富山の薬にも似ています。

meganekanyu.jpg

メガネ肝油の発売は明治17年というから,その歴史は古いです。当時,肝油は輸入されていたものですから,伊藤千太郎商会より発売されたこの肝油が初めての国産ということになります。その後伊藤千太郎商会は昭和33年にメガネ肝油株式会社となります。しかしこの広告は昭和29年の広告ですので,会社名は商品名の後から付いてきたということになります。そして昭和50年にワカサ株式会社に社名変更して現在に至っています。

メガネ肝油の「メガネ」は同社のロゴマークに由来します。明治当初にはハイカラであった鼻眼鏡を伊藤千太郎がロゴマークとして採用したからです。

本来,肝油とはその名の通り,魚の肝臓から抽出した脂のことで,ビタミンA・ビタミンDなどのビタミン群を豊富に含んでいます。肝油は昭和20年代にはスポイトで飲むのが普通だったといいます。私が物心ついた頃にはもうスポイトで飲んだという記憶はありません。小学校の頃は,夜盲症にならないために,と,肝油ドロップを食べさせられた記憶が強いです。あの頃の子どもには,確かにビタミンは不足していたかもしれません。お新香でお茶漬けをかき込んで「はい,ごちそうさま」ということがおかしくなかった時代です。「今日はおかずはないよ」という母親の声を今でも覚えています。
昭和42年に発売されたソニーの世界初の超小型ICラジオ,ICR-100の広告写真です。製品がレトロなデザインです。思わず欲しくなってしまいます。

icr-100.jpg

電子回路を集約してボディの重量は90g。なんとバッテリは充電式のニッカド電池で、1回14時間の充電で約6時間の連続使用が可能。SONYはすごいですね。よく見るとこの小さなボディにスピーカーが入っているのが分かります。定価9,800円。

真空管ラジオが鎮座していた昭和20年代。その後トランジスタラジオができ,そしてICです。東京オリンピックから3年。日本全体が大きく発展していた時代の産物です。

そして,今やだいたい同じ相対価格でワンセグラジオが買える世の中になりました。こちらは107g。

xdv-d500.jpg

素敵な昭和の写真です。今夏の「暮しの手帖」に掲載されていた写真ですが,ミシンを踏んでいる女性は植田紀枝さん。写真家の植田正治氏の奥さんであり,撮影したのはもちろん植田正治氏。私は先日「三菱ミシンの広告」という記事を書いたばかりです。

uetashoji.jpg

私は二十歳の頃,植田先生の写真講座に参加していました。先生はベス単と呼ばれるカメラを駆使して,味のある写真を発表していて,かなりの有名人でした。先生の撮影した写真に三菱ミシンを踏んでいる奥さんが収められている・・。驚きとともに不思議な思いがします。1983年紀枝さんは亡くなり,正治先生も2000年に鬼籍に入られました。

ベス単とはベストポケットコダックという大正時代に作られたカメラで,今もファンは多いと思います。

なんという素晴らしい写真でしょうか。レトロなデザインそのままに現代に繋がる写真だと思います。昭和というより大正の趣です。

これは「華麗なる双輪主義〜スタイルのある自転車生活」という本の中の1ページです。非常に面白い切り口で自転車文化を語っています。自転車関係の本でこんなに素敵な本を私は知りません。

sourin.jpg

著者紹介 小池一介
東京生まれ。大学在学中に英国に留学。そこで核兵器、生物化学兵器全廃を目指す活動をしていたDr.アリス・イザベラ・ラウトンと知己を結び、以後彼女が亡くなるまで、英国ではラウトン邸に住む。その間、徹底した環境保護の生き方の薫陶を受ける。のちに、気象庁、防衛庁、各国の政府機関等に精密機械を納入する会社の貿易部に勤務。その後、技術通訳として独立、通訳養成所で講師を務めるなどの時期を経て、インド国立製鉄所やイランのイスファハン製鉄所の近代化改修プロジェクトに参加。在日英国人のクラブ、東京ブリティッシュ・クラブで元名誉書記を務めるなど、英国通としても知られる。古い建築の材料をレストアして、インテリアやエクステリアに用いるスペシャリストとしても知られており、美術館の内外装なども数多く手がけている
(本書後書きより)

080620.jpg
私の子どもの頃の記憶はいつも独りぼっちのことばかりです。雨の日の記憶・・。色々なことが思い出されますが,どうも,心が濡れすぎていてうまくかけません。

でも,あの頃,何故あんなに永い間雨垂れを見続けていられたのか。何故トタンを打つ雨音をあんなにも愛おしく感じられたのか。考えるよりも,できるなら,もう一度あの甘い時間を舐めてみたいと願う。

「かさ」という絵本があります。昭和50年に発行されたもののようです。一度図書館で借りてきて,忘れられず,とうとう買いました。

ehon-kasa.jpg

赤い傘をさした女の子が,お父さんの傘を持って,駅までお迎えに行くというストーリーですが,台詞はありません。白黒です。色が付いているのは女の子の傘の赤だけです。なぜか泣けてきてしまうのです。全編に渡るデザインに昭和の匂いがする,とてもいい絵本です。何度見ても飽きることはありません。

★「かさ」太田大八
昭和28年の広告です。レトロといえばレトロなデザインですが,このダン注射液なるもの,よく見ると1cc×10Aと書いてある。ということは多分アンプルですよね。ちなみに薬効を見ると風邪薬。自分で静脈注射して,「ひとにもすすめたくなる」というわけでしょうか。

080603kokoku.jpg

戦後にはヒロポンを自分で注射していたのは知っている。元気が出る薬である。ただし,覚せい剤特有の副作用がある。戦後,軍から放出されたヒロポンは一気に広まったらしい。これは和田誠監督の「麻雀放浪記」にも出てくる。戦後の作家たちにもかなり広まっていたというし,昭和26年に成立した覚醒剤取締法によって覚醒剤指定されるまでは普通に使用できたということ。終戦後というのは私には信じられないことが多々ある・・。

kangofu.jpg
昭和36年のステレオの広告です。三菱 DSS-318。レトロなデザインです。この頃の電化製品の広告は現金正価と月賦正価の二つが併記されていることがとても多いです。月賦で買うということが日常であったというか、月賦でないと買えなかったということです。「月賦」という言葉自体が懐かしい響きです。このステレオの価格は公務員初任給の5〜6倍の値段です。

stereo.jpg

昭和36年にステレオを見た記憶が私にはありません。昭和40年も少し経ってようやく友人の家にあったステレオを見ました。テレビもそうでしたが、私が初めて見たステレオも厳かに布のカバーをすっぽりかぶせられていました。

Yahoo Auctionで、いい感じのものを見つけました。
080513yahoo-stereo.jpg



現在の「Tivoli」も好きなデザインです。

tivoli-1.jpg

この広告のデザインは大胆すぎませんか。ある意味すごいです。ある意味レトロです。そして,テンのラジオを買えば、テレビ・カメラ・洗濯機などが当たると書いてある。もし当たれば、まさに「幸運を呼ぶ!!」だろう。

080503ten.jpg
アサヒグラフの広告(昭和29年)

「神戸工業株式会社」は現在の富士通テン(Fujitsu Ten)の前身。昭和43年に富士通株式会社と合併し、昭和47年にラジオ部門が独立し富士通テン株式会社となった。その後トヨタが資本提供したことで、トヨタ車のカーラジオは富士通テンが制作していた。現在もカーナビやカーオーディオで頑張っている。

profile


  • dandan
  • 昭和30年代生
  • A型・水瓶座
  • 犬は「チコ」
Powered by Movable Type 4.21-ja

wish Rakuten















link

2016年11月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

メール