遊びの最近のブログ記事

ぐいみ

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昭和30年代,甘いものは高価だったし,なかったし,私たちは小山に上り「ぐいみ」を食べました。

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多分,全国では「ぐいみ」とは呼ばないだろうと思いながら検索してみると,土佐のページばかりが出てきます。

山にもあったし,近くの大学の寮にもたくさんありました。
「食べ過ぎるとおなかが痛くなる」
と母親が言っていましたが,あれは本当でしょうか。

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ルービックキューブがツクダオリジナルから発売されたのが昭和55年。随分最近のことです。考案したのはハンガリーの建築学者エルノー・ルービック。無印良品の店に行ったときに,ふと目に留まったキューブ。おしゃれなデザインです。

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当時の正式なキューブの色の構成は白・青・赤・橙・緑・黄でした。あまりの人気に売り切れが当然で,バッタ物が発売されるまでになりましたが,一番スムーズに動いたのはやはり元祖のものでした。ルービックキューブ以前にも色々なパズルはありました。総じて知恵の輪と呼ばれるものがたくさん発売されていて,色々な種類の知恵の輪を置いている喫茶店もありました。知恵の輪は時間をかければ解くことができましたが,ルービックキューブは自分の頭では解けなかったですね。雑誌に方法が書かれているのを暗記して,実際に何百回とやってみて,じんわりとその仕組みが分かった・・・と思い出します。しかし,今はできないでしょうね。

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お雑煮を食べたら,子供たちは双六をして遊びました。レトロなデザインの昭和20年代の双六です。

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双六の起源は古代エジプトだとか,ローマ帝国だとか,色々説やルートがあるらしいが,奈良時代には日本にも存在していた。さいころを2個振って遊ぶために,賭博として扱われていたこともあります。
明けましておめでとうございます。

お正月に外にでても,道路で遊んでいる子どもの姿がありません。なんだか,不思議にさえ思えてしまいます。コマ回しと,凧揚げは,昭和の子どもの遊びでは必須科目でした。今でも和凧を作られているところはいくつかあります。

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昭和のはじめから手芸用品企業としてのトップブランドであるクロバーの布切りはさみです。いいデザインです。じっと見ていて飽きないのは私だけでしょうか。

社名の「クロバー」は白詰草のことです。海外の会社は「CLOVER」となっています。クロバー株式会社の創業は大正14年。岡田敏雄さんが「岡田慶七商店」として設立しました。

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子どもの頃に家にあったのもクロバーのはさみでした。小学校で使うはさみとは比べ物にならない存在感が漂っていました。

昭和30年代,子供たちにはメンコが大人気でした。あの頃のメンコはB4位の大きさの紙に20枚程が印刷されていて,それを一枚ずつに切ってから使いました。土佐ではメンコのことを「パン」と言いました。その「パン」を切るのに使ったのがこのはさみです。鉄腕アトム,鉄人28号,月光仮面,赤胴鈴の介・・・道路に一斗缶を置き,その上に板を乗せて,遊び呆けた夕暮れ時。

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国際救助隊本部のプラモデルですね。昭和40年代のものでしょうか。プールから発進するサンダーバード1号がかっこよかったです。ちゃんと宇宙ステーションも浮かんでいたりします。

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昭和レトロでポップなデザインの風呂敷きを見つけました。風呂敷き。名前の通り,もともとは銭湯で敷き物として使い,同時に衣類を包むものとしても使用され始めたものですね。

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★シビラ綿大ふろしき / PRIMAVERA・ブルー

子どもにとって,風呂敷きはマントだった。紙巻きの火薬の付いたピストルを右手に持ち,首に風呂敷きを巻いて走ると,風呂敷きはなびき,わたしは月光仮面になれた。
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公園にある水道のカラン。昭和の時代からあるデザインですが,いつからかといわれると判然としません。

昭和30年代の公園には遊具など多くはありませんでした。近所の公園には鉄棒しかなかった。でも,遊具なんて必要なかったですね。一人で釘立て(釘刺し)をしたりしていると,近所の友達が集まってきました。三人集まれば,公園の隣の家から風呂を沸かすための薪をくすねてきて,それをバットにして三角ベースの野球ができました。一人がピッチャー,一人がバッター,そして一人が野手です。そんなときの球はピンポン玉より少し大きいプラスチック製のボールを使いました。駄菓子屋で10円くらいで買えましたから。バッターが打ち,野手が捕り,バッターが一塁に駆け込むまでに,捕った球を走るバッターめがけて投げつけます。あたればアウトです。アウトになったバッターは今度は野手になります。野手はピッチャーに,ピッチャーはバッターになります。そうやってアウトになるたびに交代していくのです。
昭和。幼いときの記憶は一人のことばかり。

麦わら帽子をかぶり,捕虫網を手に持ち,虫かごを肩から斜めにかけて,蟬取りをした夏休み。持っている捕虫網は自分の背丈より少しだけ長いくらいで,木の高いところにいる蟬は捕まえられなかった。私は熊蝉を捕まえたかった。熊蝉の羽は綺麗だったから。でも,幼い私には,なかなか捕まえられなかったあの頃。

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(ヒグラシ?)

時間を忘れ,一人で蟬を追い,激しい蝉時雨は時間を止め,自分がどこを歩いているのか分からなくなった白い午後。
昭和39年に発売されたラッションペン。懐かしいデザインです。レトロなラッションペンは今でも現役です。

水性顔料インクのラッションペンは,昭和40年代の家庭には必ずといっていいほどありました。寺西化学工業株式会社の製品です。もともと,マジックもこの会社の開発です。「マジックインキ」が発売されたのが昭和28年。内田洋行との共同開発です。発売当初は全く売れなかったそうです。それが今も存在するロングセラーとなったのですからすごいものです。
*「マジック」、「マジックインキ」は、株式会社 内田洋行の登録商標です。

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子どもの頃はなぜあんなに落書きばかりしたのでしょうか。家の襖や柱に鉛筆で書き,他人の家のブロック塀にろう石まがいの石で書き,地面には釘で書きました。それだけで愉しかったのは何故でしょう。落書きをしている私の時間は永遠に続くかと思われた。

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  • dandan
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