道具の最近のブログ記事

昭和の文机

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昭和の初期でしょうか。鉄製の錠のデザインが重厚にレトロです。

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昭和の頃、錠前のかかる抽出に入れていたのは日記。十代の頃は毎日のように日記をつけていた。ため息をついては書き、酒を飲んでは書き、日々のことを綴り、詩をしたためた。でも、不思議なことに、楽しい日は何も書かなかった記憶がある。

文机に夕日が差し込む初冬の夕暮れ。

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野田琺瑯社製「月兎印」ブランドのホーロー製タッパー。久しぶりに洗っていたら、ロゴマークが目についた。野田琺瑯らしく少し昭和っぽいレトロなデザインです。野田琺瑯社は昭和9年から琺瑯を作り続けてきた会社です。

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琺瑯とは金属材料表面に二酸化ケイ素を主成分とするガラス質の釉薬を焼き付けたもの。らしい。昭和30年代にはまだまだ高価なものであり、琺瑯の鍋など少なくとも我が家にはなかった。アルミの鍋にアルミの薬缶というのがほとんどの家庭だったのではないだろうか。友達の中で一人、国会議員の息子がいた。その子の家に遊びに行くと、ホットケーキや見たことのない洋菓子などを食べさせてくれたが、その家の台所には琺瑯の白い両手鍋があり、赤い薔薇の花が描かれていた。

梅雨の合間に、庭の薔薇が美しい。

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中山式快癒器。昭和54年頃に買ったもの。フォントが昭和のデザインです。

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中山式快癒器は昭和22年に日本で特許を取り、その後フランス、イギリス、アメリカでも特許を取得。写真のものはもう33年は経過している。最近、使っていなかったので、取り出してきたら、なんとばらばらになりました。そこで接着剤であちこちを止め直して復活?まだ使っていないのでわかりません。

昭和30年代は町内に一軒くらいは、按摩をしてくれる方が住んでいました。で、按摩をしてもらいたくなると、その方の家に呼びに行けば、すぐに来てくれて、自宅で按摩を受けることができました。按摩・・・按は押さえる、摩は撫でるという意味らしいですね。子どもから見ると、按摩という行為そのものが、いったい何をしているのか全く理解できませんでした。でも按摩が終わると、親は財布からお金を出し、お礼を言って頭を下げている。

ちんぷんかんぷんでした。


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郵便受け

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昭和の時代の郵便受け。レトロなデザインであるとともに、「世帯主」というプリントが最初から入っているのが昭和である。

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3月10日に桜が咲いた。昭和の時代は町内でお花見に出かけた記憶がある。普段は怖い近所のおじさんが真っ赤な顔をして満開の桜の下で踊っていた。しかめっ面をして鞄を提げて出勤するおじさんと、喝采を浴びて踊り続けるおじさん、どっちが本当のおじさんなんだか判らなくなった昭和。おじさんは間違いなく「世帯主」ではあったのだけれど。

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パナソニックのドライアイロン。NI-A66-K。昭和を思い出すデザインです。ドライアイロンってネットで探してもなかなか種類が少ないです。スチーム付きで、コードレスの物が主流のようです。ですから、この単純なドライアイロンの方が値段も高かったりします・・。

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昭和30年代には、もちろんスチームアイロンなどなく、霧吹き、それも口で吹くタイプの霧吹きが普通でした。セルロイドでできたチープなものでした。家の中を探してみましたがさすがにもうないセルロイドの霧吹き。

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魔法瓶って

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昭和42年の広告写真です。「チャイナー魔法瓶」と「パパポット」。これをレトロなデザインと言っていいものか,迷いますね。日陶産業株式会社の製品です。

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魔法瓶なるものが日本に入ってきたのは20世紀初め,1909年とされています。これより5年前の1904年,ドイツのテルモス社が魔法瓶の商品化に成功しています。テルモスはドイツ語読みだと思います。あのTHERMOSです。現在,私はサーモスの携帯マグを2本持っています。

今はステンレスの保温器,保冷器が普通ですが,昭和のころは二重になったガラス瓶でした。ですから,乱暴に扱うと割れることが多々ありました。それにしても,「魔法瓶」というネーミングは何とかならなかったものでしょうか。魔法の瓶ですからねぇ。

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雨の日の記憶

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昭和30年代の裁縫箱から出てきたメジャー。金属製のメジャー。

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私はこのメジャーのことを妙にはっきりと憶えている。セルロイドとかプラスチック製のものが多かった中で,この小さなメジャーは私のお気に入りだった。まだ小学校に行っていなかった頃の記憶が当てになるものかどうか。メジャーを引っ張り出しては,巻き戻し,また引っ張り出しては巻き戻す。何もすることのない雨の日の午後。外に出て遊ぶことができなかった昭和の雨の日はとても静かな鈍色の時を刻んでいた。

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匁と貫と斤

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昭和30年代でしょうか。天秤ばかりの分銅です。六百匁と彫られています。

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一匁は3.75グラムですから・・2250グラムの分銅です。あの頃,天秤ばかりを持ったおじさんが家にやってきて,何かの重さを量っていたのを憶えているのですが,それが新聞紙だったのか,鉄くずだったのか,判然としません。一貫は千匁。小学校の頃の体重が「10貫」足らずでしたから,37.5kgということです。ちなみに食パンは「斤」で数えますが,これは尺貫法のそれとは違い,イギリスの単位で約450g。農水省では一斤は340g以上と定められているようです。尺貫法の1斤は160匁で600gになります。

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昭和のものだと思います。三代目民三郎の銘が入ったラシャ切鋏です。きれいです。静かな切れ味に驚きます。

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ネットで調べてみました。「株式会社ホウネンミヤワキ」というところで販売されているようです。リーズナブルな価格の刃物が並んでいます。道具というのは「用の美」が長い年月の間に備わってくるものだと思います。

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裁縫箱

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昭和30年ごろの裁縫箱です。レトロなデザインとチープなプラスチックの感触がいいです。

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運針競走をした家庭科の授業。私は一番だったので,家庭科は「5」でした。あの頃,祖母が針に糸が通せなくて困っていることが不思議だった。しかし,今は針に糸を通せずにため息をつく自分がいる。

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昭和のアイロンです。コロナアイロンです。昭和30年代でしょうか。本体は小ぶりなデザインでとてもかわいいです。何よりも箱がいいです。握りは木製です。職人さんが作ったであろう箱は今でもしっかりしていて,その蓋を裏返すとアイロンが置けるようになっています。懐かしい限りです。

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回転花型卵切器

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昭和40年代のものでしょうか。回転花型卵切器。昭和レトロなパッケージデザインです。

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その名の通り,卵を花型に切るものですが,中の説明書きに太字でこう書いてあります。

「廻転花型卵切をお買い上げ頂き有り難う御座います。本器は優れた点が多くアメリカのご家庭でも好評です」

アメリカ人に聞いてみたい気もしますね。
昭和を思い出すデザインの箒です。昭和30年代,うちに掃除機はありませんでした。掃除は,まずハタキをかけて,ほうきでチリを掃き,その後固く絞った雑巾で畳を拭くことでした。

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箒の素材は竹・しゅろ・パーム・草などがありますが,草というのはホウキモロコシのことで,江戸末期からシュロに代わって座敷箒として使われています。

昭和30年代,掃除機といえば,日本テレビのプロレス中継で,リングを掃除していたのが三菱の「風神」です。生コマーシャルの極地でしたね。

和柄の風呂敷き

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松竹梅をはじめとする和柄の風呂敷きです。こうしたデザインの源流はやはり江戸時代に遡るものなのでしょうか。この風呂敷きは明治生まれのおばあさんが持っていたものですが,やはり昭和のものだと思います。見ていると,自分もこうした柄でポップなものを作ってみたくなります。

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昭和のはじめから手芸用品企業としてのトップブランドであるクロバーの布切りはさみです。いいデザインです。じっと見ていて飽きないのは私だけでしょうか。

社名の「クロバー」は白詰草のことです。海外の会社は「CLOVER」となっています。クロバー株式会社の創業は大正14年。岡田敏雄さんが「岡田慶七商店」として設立しました。

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子どもの頃に家にあったのもクロバーのはさみでした。小学校で使うはさみとは比べ物にならない存在感が漂っていました。

昭和30年代,子供たちにはメンコが大人気でした。あの頃のメンコはB4位の大きさの紙に20枚程が印刷されていて,それを一枚ずつに切ってから使いました。土佐ではメンコのことを「パン」と言いました。その「パン」を切るのに使ったのがこのはさみです。鉄腕アトム,鉄人28号,月光仮面,赤胴鈴の介・・・道路に一斗缶を置き,その上に板を乗せて,遊び呆けた夕暮れ時。

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「まいどあり」

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レトロなデザインの昭和の吊り秤。昭和30年代は色々なものが量り売りでした。例えばシラス干しを買いに行くと,おじさんが紙の袋にシラス干しをショベルみたいなもので入れてくれて,それを秤にかけます。少し多いくらいで「まいどあり」です。竹かごに一盛りいくらというものもありました。卵は一個売りです。なにやかやと,お店の人と会話しなければ何も買えない昭和でした。

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キャスキッドソン(Cath Kidston)の折り畳み傘です。ポップでどこか昭和レトロの匂いもするデザインです。素敵です。

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折り畳み傘はドイツのハンス・ハウプトによって昭和3年に考案されました。日本での開発は昭和24年ごろのことらしいですが,折り畳み傘が日本で広まり始めたのは昭和30年代に入ってからのことです。まだ,下駄箱の端の部分に設えられた傘入れのスペースに番傘が一本入っていた頃の話です。

初めて見た折り畳み傘は父親が買ってきた黒色のものでした。昼間は学校が終わると独りだった小学生の私は,傘を包んだ黒いケースのボタンをそっと外し,傘を取り出してみました。そして,大きく広げてみました。家の中で畳に座って広げられた折り畳み傘の骨を,そしてその仕組みを,惚けたカッパのように眺めました。でも気がつくと,元のようにはうまく畳めません。力ずくで押し込まれた折り畳み傘のケースはパンパンに膨れていましたが,素知らぬ顔で夕ご飯を食べていた梅雨空の夜。除湿をしてくれる機械なんてなかった昭和の日です。

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